第85章 やましい事は顔に書いてある。
そうして歌舞伎町内を歩き始める二人。葵咲へのお返しの品を求めて色々な店を見て回るのが今日の目的だ。だが、闇雲に歩いても、ただ体力を消耗するだけ。欲しい物によっては、どういった店に入れば良いかが変わる。狙いを絞る為にも一郎兵衛は葵咲の希望を尋ねた。
一郎「どんなモンが欲しい?着物?アクセサリーとか?」
葵咲「うーん…。」
空へと目を仰ぎながら、唸り声をあげる葵咲。元々物欲の乏しい葵咲に、急なこの質問は難しい。顎に手を当てながら考えるも明確な回答は出てこない。それを見た一郎兵衛は、爽やかな笑みで言葉を返す。
一郎「ねぇなら指輪になるけど良いよな?勿論左手薬指用な。」
葵咲「料理よりそっちの方が早くない?」
それは先程の話の続き。自分だけの為のご飯は、まだ早いと自分で言ったばかりだ。そんな二人の関係において、結婚指輪は早すぎるのではないだろうか。そんな素朴な疑問をぶつけながら、葵咲は大きなため息を吐く。
葵咲「もう、一郎君ってば誰彼構わず指輪とかあげちゃダメなんだからね。」
一郎「アホか。誰彼構わずなんてあげねーよ。つーか、誰にもあげた事ねぇっての。指輪なんて。」
葵咲「え?」
意外な返しに、葵咲は目をしばたたかせる。真剣なその物言いに、嘘ではない事が伺える。“嘘”、というと少し語弊があるかもしれないが、遊んでいないアピールのような、嘘かホントか定かではない、“君が初めて”、という素振りではない様子だ。