第85章 やましい事は顔に書いてある。
その数日後の日中。
葵咲は歌舞伎町を歩いていた。
この日は休日。一郎兵衛に呼び出され、その待ち合わせ場所へと向かうところだった。一郎兵衛には先日、人格を入れ替える薬を飲まされたばかり。その詫びがしたいとの事で休日を一日欲しいと言われたのだ。
そんなこと気にしなくて良いのに。そう思いながらも、別の理由もあって、この誘いを断るに断れず、待ち合わせ場所へと向かうのであった。
一郎「葵咲!」
葵咲「一郎君!ごめんね、待たせちゃった?」
待ち合わせ時間より五分早く到着したのだが、既にその場所に一郎兵衛はいた。葵咲は全く悪くないが、思わず飛び出た謝罪の言葉だった。そんな葵咲に一郎兵衛は気さくに微笑み掛ける。
一郎「いんや。俺もちょうど今来たとこ。この間は差し入れサンキュー。」
そう、葵咲が今日の誘いを断れなかった理由の一つ。華月座がオープンし、その記念に真選組からは胡蝶蘭を、葵咲個人からは差し入れで団員全員分の食事を振る舞ったのだ。そこまでしてもらって、一郎兵衛としては何も返さずにはいられない。その気持ちも分かる為、葵咲は今日の誘いを断れなかったのだ。
葵咲「ううん、全然大した物作れなかったけど。」
一郎「何言ってんだよ、スゲー美味かった!皆めちゃくちゃ喜んでたぜ。何処の店の料理メシよりも断然うめぇって。それに俺、誰かの手料理食べるのなんて何年ぶりだ?って感じだし、最高だった!」
葵咲「ありがとう。なんか、そんな風に言って貰えると嬉しいな。」
世辞でない事は一郎兵衛の声の弾み具合と明るい表情を見れば一目瞭然だ。そんな素直でストレートな褒め言葉に葵咲は頬を染め、照れた様子で礼を言う。そんな葵咲を見て一郎兵衛はクスリと笑い、葵咲にズイッと顔を近付けて甘い声で囁きかけた。