第10章 とお (もののべ/物部正太郎)
「……美味しそうな薫りがしたんだよ。」
暫く私の頭を撫でていた正太郎が、ぼそりとそう呟く。その声がなんだか少し申し訳なさを含んでいるように聞こえて。彼はいつもそんなに触れ合いをしない方だから、どうやらさっきみたいなことをしたことに、今更ながら後ろめたさを感じているんだろう。
馬鹿だなあ、と思いながら、私は彼の胸を押して体を離し、今度は自分が正太郎を見上げた。案の定、苦虫を噛み潰したような顔をしていて、心の中で笑ってしまった。
「貴方は、人間に飢えを感じないんじゃなかったっけ?私は半人半鬼だから??」
「………そういう問題じゃねえよ。」
「ふふ、だって、美味しそうって。喰いたいってことじゃないの?」
問い詰めるにつれて、視線を外してバツの悪そうな表情を浮かべる正太郎が面白くて。
にこにこしながら彼を見詰めていると、眉を潜めて目を反らして暫くなにかを考えていた彼がふいにこちらを向いて、視線が交わる。思ったより彼の表情が真剣で笑みを消してしまった。
「……お前だからだろ、それは。」
私の頭を撫でながら真面目な顔でそう言う正太郎に、不意討ちすぎて顔に熱が集まるのが自分でわかる。
……真面目な顔で何を言い出すんだこいつは。
「ちょっと、最近激しい戦闘しすぎて頭まで弱ってるんじゃないの………??」
「おいどういう意味だそれは。」
茶化すでもしないと、この動悸は絶対に治まらない。
彼の言葉に動揺した自分を隠すようになるだけ呆れたようにそう言葉を吐けば、頭を撫でていた手で軽く小突かれた。痛っ、と大袈裟に肩を竦めてみせて、二人で小さく笑い合う。
暫くくすくすと笑い合っていると、ふと正太郎の笑い声が止まり、とん、と肩に重みが乗る。彼が、私の肩に頭を置いたのだ。
「正太郎……??」
「けど、確かにの言う通り、少し弱ってるのかもしれねえな。」
だから、ちょっと肩貸してくれ。
そう言う正太郎の声は小さく、本当に弱っているようで。
最近は色々なことがあったから。マユという正体不明の少女を預かることになり、その少女はもしかしたらシロと同種なのかもしれなくて。そして夜木から聞いた、鬼と鬼書に関する新しい仮説、神を創るとかいう神代村の話。この先何か大きなことがありそうで、気が抜けない日々が続いているのだ。
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