第10章 とお (もののべ/物部正太郎)
「じゃあ行ってきまーす!」
「きまーす!!!!」
赤ん坊の鬼の事件から数日後の昼下がり。そろそろ春が近付いてきているからか、穏やかな気候がとても過ごしやすい。
豆腐が切れたからと、シロに豆腐も含め食材の買い出しを頼むと、「マユもいく!!」とマユも元気にとことことシロのあとを付いて出ていった。本当に、この前の事件以降、マユのシロに対する警戒心も薄れた様子だ。
「………シロは相変わらず嫌そうだねえ」
端から見ると御使いを頼まれた兄妹のように見えるのだろうか。そんなことを言えば、きっとあのかみさまの機嫌を損ねることになるけれど。
二人の後ろ姿を見送りながら、シロの内心を想像して思わず口から出た。でもなんだかんだマユを見捨てていないあたり、やはり彼女の正体を気にせずにはいられないのだろう。
「まあ、マユが過ごしやすくなったなら、いいんだけど。」
ね、と店の中に目を向けて、店の奥で本に埋もれながら本を読み耽る彼に言葉をかける。
彼ー正太郎は、本から目をあげると、少し表情を和らげて「ああ。」とだけ呟いた。その表情に彼の根の優しさが垣間見えて、思わずくすりと笑みが溢れてしまう。
「それ、あのお爺さんから譲り受けた本?」
私は正太郎の周りに散乱している、読み終わったであろう本を片付けつつ、そう彼に問いかけた。
始めは買い取る予定だった沢山の本達は、お爺さんの好意から譲り受けることになった。正太郎がお爺さんと同じ顔をしているからと。本が好きで好きで仕方ないって顔。本を読み耽る彼を近くで見てきてるからとても分かる。その本達を、正太郎は譲り受けてから毎日のように読んでいるのだ。
「そうだ。本当に色んな本がある。こいつらを譲ってもらえたなんて本当に有り難ぇこった。」
「……ふうん、そっか。」
淡々としながらも、鬼になる前のようなキラキラした目でそう話す正太郎に、私も頬が緩む。
また本に目を落とした彼を横目に、今度は積まれた本の上に無造作に置かれたチラシを片付けようとすれば、指先にぴりっと痛みが走った。
「つっ、」
「……どうした、?」
痛みに反射して出た声に、正太郎が心配げに私を見た。こういうときの彼の反応は、いつも思うけど早い。私に対して異常に心配性なのだ、正太郎は。
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