第55章 【王者の恩返し】 その2
「まあ私、実際家では楽なん優先やからね。」
ポツリと言う義妹に力はまたやらかしたと軽く後悔した。
義妹相手にファッション絡みの話をすると大体自分に跳ね返り、軽く胸が痛む思いをする。
「それより行こうか。」
気を取り直して力は言う。義妹はうん、とうなずき、兄妹は家を出るのであった。
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そうして縁下兄妹は外に繰り出して、牛島と約束した店へ向かう。
「嬉しそうだな。」
隣を歩いていた義兄に言われて美沙はうん、とうなずく。
「やっぱしわかるん。」
「足取りで。」
「兄さんはほんまよう見てるなぁ。」
さすが気配り上手の観察力と言うべきか。
「たいがい表情がわかりにくいって言われるんやけど。」
「確かに顔に出ない時はひたすら出ないけど、」
義兄は言った。
「仕草と雰囲気、あと言葉に出るだろ。」
「言葉て。」
「普段は関西弁、慣れない時とマジギレは標準語、寂しくなったら甘えたモード。」
「なんかえらい言われような気が。」
「俺はわかりやすくて助かるけどね。」
「意地悪。」
「なんとでも。どうせ手放すつもりはないし。」
義兄は笑顔でさらりと言うが美沙は慌てる。
「兄さん、兄さん、お外でその発言はアカン。」
言って美沙は思わず周囲をババッと見回した。
幸い誰も通っていないようだ。後は静かな分、近隣の家の住民に聞きつけられていないことを祈るばかりである。
ブラコン呼ばわりされるくらい義兄至上主義ではあるが、自分に関する義兄の言動はしばしばおかしいと認識する程度の理性は持っている。
実際それで何度も恥ずかしい思いもした。当然の警戒である。
「誰も聞いちゃいないよ。」
見透かしたように義兄は言うが、美沙はいやいやと首を横に振った。
「時間に余裕のある人が密かに聞いてはったらどないすんの。」
「万一噂好きの暇人がネタ集めに聞き耳立ててたって知ったことじゃない。」
「人がオブラートに包んだもんを全部無下(むげ)にしはった、この人。」
「ちっとも包んじゃいなかったろ、丁寧ってだけで。」
「えー。」
美沙としては不満である。いずれにせよ、不特定多数に妙な誤解をされてはたまったものではないというのに。