第9章 【ホワイトデーの話】
そういう訳で力は前日までに目的のものを入手して3月14日当日となった。当日、義妹の美沙本人はやはり何も考えている様子がなく力も悟られないようにと何とかいつもどおりに振る舞う。木下にはニヤニヤされ成田には苦笑されたがこの際構っている場合ではない。いつもより長くなった自主練もこなしながら力は辛抱強く待った。
やがて練習が終わり、仲間と別れて力は家に帰りつく。家に入って母に声をかけ、2階へ上がるといつもどおり義妹の美沙が部屋から出てきた。
「兄さん、お帰り。」
甘さ控えめの声で関西弁イントネーションはおそらく一生変わることがないだろう。
「ただいま、美沙。」
「えらい遅かったんやねぇ。」
「ああ、自主練もしてたから。」
「そうなんや。田中先輩と西谷先輩がまた宿題助けて言うたとか日向と影山が外周中にどっかすっ飛んで迷子になったとかがあったんか思(おも)た。」
「お前の認識どうなってんだよ。」
「せやかてようあるやん。」
「そうだけど」
周囲から半分ボケと称される義妹に言われるようでは世話はない。
「いつもいつもあったら俺がもたないよ。」
「それもそうやね。」
言って義妹は笑い、ほな後でねと再び自室に引っ込もうとする。力は素早くその細っこい手首を掴んでとどめた。
「あ、う、どないしたん。」
戸惑う義妹を力はそのままズルズルと自分の部屋に引き込む。ふぎゃぁと小さく叫びが上がったがそのままスルーした。
「えとあの兄さん」
蟻地獄の如く引きずり込まれてベッドに座らされている美沙がおずおずと声をかけてくる。力は返事をせずに机の引き出しをゴソゴソして取り出したものをはいこれ、と美沙に渡す。
「兄さん、これ。」
ハッとした顔で美沙が力を見上げる。力が渡したのは可愛い動物の形をしたクッキーの詰め合わせだった。
「誕生日とバレンタインの分のお返し。」
「えええええ、そんな、私別にその」
「うん、見返り求めるタイプじゃないのは知ってるけどそのままにするのは俺的に嫌だったから。」
「あ、ありがと。」
言いながら顔を赤くする美沙を見て力は可愛いなぁと義兄の欲目丸出しで思う。