第2章 【マドレーヌの話】
まだ烏野高校の生徒だった頃の話だ。
両親がおらず祖母に育てられ、その祖母も亡くなって保護者がいなくなった為に縁下力の義妹になった少女、美沙は実際はひどくないのに妙にコンプレックスが多かった。その1つが料理なのだが驚くべきことにそんな美沙がお菓子作りに挑んだ。
とある休日、縁下力が男子排球部の練習から帰ってきた時の事である。
「ただいまー。」
「おかえりー。」
いつもなら2階に上がるまでは聞かない義妹の声が台所から聞こえる。しかも、
「あれ、何だかいい匂い。」
ふわりと漂うのはバターの香りやオーブンで何か焼いたらしき香りだ。力は玄関から上がって台所へ向かう。
「兄さん。」
義妹の美沙が本当に台所にいた。おまけにエプロンをしている、珍しい。いつもなら食器を出すとか片付けるとか以外は台所におらず、ご飯を作るのも母が出来ない時に限るのに。横にはその母もいて何やら楽しそうにニコニコしている。
「珍しいね、美沙が休みの日に料理かい。」
すると母が一緒にお菓子を作っていたという。頭上に八分音符が飛んでそうなくらい嬉しそうだ。
「えっ。」
「そない驚かんでも、そら珍しいんはしゃあないけど。」
一瞬固まる力に関西弁の義妹は頬を膨らませる。
「ごめんごめん、美沙がご飯以外を作ってるの初めて見たから。」
力が困ったように笑うと美沙はすぐに元に戻る。この義妹、傷つきやすい割には切り返しが早い。
「いつも清水先輩とかやっちゃんが作ったのもらってばっかしやからたまには自分も作ってバレー部の皆さんにおすそ分けしよかなって。」
「きっとみんな喜ぶよ。で、何作ってたの。」
「マドレーヌ。」
力はキョトンとした。
「どないしたん。」
「うんごめん、思うより洒落てた。」
「私結構好きやで。」
「お前は基本まともにおいしく食べられりゃ何でもいいんじゃあ。」
「誰が痩せの大食いて。」
「事実だけどそこまで言ってない。」
「ちょお、兄さん。」
「それは置いといて。」
「ごまかしたっ。」
美沙の突っ込みを力はスルーした。やり取りを見ていた母が向こうを向いて笑いをこらえている気もするがそっちも見なかったふりをする。