第1章 【こぼれ話のその前に】
少年は膝を抱えてソファーに座り込み、真向かいに座る父を見つめる。
「急にどうしたんだ、母さんとの話を聞きたいって。」
父に言われてそっくりな外見を受け継いだ七三分けの少年は答える。しかし口からこぼれる言葉はその父とは全く違った。
「気になんねん。」
関西弁である。
「田中とか西谷のおじさんが縁下兄妹とこんなんあったあんなんあったとか話してくれるんやけど、木下と成田のおじさんがおらん時やと話があっちゃこっちゃ抜けとったり結構ええ加減やねん。どこまで信用してええんかわからん。」
「あいつら、余計なことを。」
父、縁下力は困ったように笑う。年を経たとは言えその穏やかなどこか人を安心させる雰囲気は高校生のあの頃から変わらない。しかし少年はボソリと呟く。
「田中と西谷のおじさんドンマイ。」
「何か言ったかい。」
「なんもない。」
「こっちを見ようか。」
少年はうぐっと唸って恐る恐る父を見る。言葉もそうだがその仕草も別の誰かによく似ていた。
「とは言え田中や西谷にあることないこと勝手に吹きこまれても困るしな。いいよ、何から聞きたい。」
もう一度穏やかに微笑む父に少年は言った。
「ほなまずは、」
こうしてこぼれ落ちた夢の欠片が少しずつ語られていく。父から子に語られるものもある、母から子にもあるかもしれない。他の連中が語るものもあるかもしれない。
そして、終わりがあるかどうかはわからない。
次章に続く