第29章 【コックローチアタック】
ほんの少しの間沈黙が流れていた。
「だ、大丈夫美沙さ」
「うっうん大丈夫。」
関西弁の抑揚で言う美沙の上には山口の顔がある。仰向けで転がっている体勢、限られた視界でもロッカーの上から落ちたと思われる紙や物品が散乱しているのは何とかわかった。
つまり山口が自分を庇ってくれたのは間違いないのだがいくら山口といえど義兄以外の男子に覆いかぶさられているという事に気づいて美沙は固まる。しかも顔がだんだん熱くなってきた。
見れば山口の方もあ、しまったといった様子で顔が赤くなってきている。
固まってしばらくそのままだった2人だがやがて美沙は恥ずかしさがピークに達して顔を横に向けた。
羞恥を耐えていれば良かったかもしれない。
「ふぎゃああああああああああああああっ。」
何回叫べば気が済むのか、顔を向けた先に今度こそ沈黙した家庭内害虫の死骸のアップがあった。
そして山口が無言でしかしビクゥッとしたのと部室のドアがバーンッと開いたのは同時だった。
「美沙っ、どうしたっ。」
響くのは美沙の義兄、縁下力の声である。後ろで何だ何だどうした、え美沙居るのといった声も聞こえる辺り部の他の連中もいるのだろう。
動揺するも動けない美沙と山口、やがて力はそんな2人の姿を見て途端に無表情になった。
「何やってるんだ山口。」
例によって力は目だけ笑っていない笑顔だ。おそらく山口が愛する義妹を俗に言う押し倒しているように見えたと思われる。
たちまちのうちに山口の顔から血の気が引いた。
「ちっ違いますっ。」
上ずった声で山口がやっとこさ言えるのはそこまで、美沙は美沙で頭がついていかないわ義兄の圧が恐ろしいわで口を開くことが出来ない。あわあわする2人を哀れに思ったのかあるいは兎にも角にも(とにもかくにも)話が進まないのが面倒だと思ったのか、山口の親友である月島蛍が口を開いた。
「縁下さん、」
先輩に呼びかける声は完全に呆れている。
「山口がそんな事をする度胸あるわけないじゃないですか、てか山口とままコさんも黙ってないでさっさと理由話したら。」
山口がほぉと緩みやっと美沙から離れた。美沙はいつもどおり月島語がようわからんと困惑して転がったままだった。