第29章 【コックローチアタック】
「や、どないしょ山口。」
プルプルしながら言う美沙だが実を言うとここまで虫などに怯える彼女は珍しい。普段は女子連中が小さい蜘蛛できゃあきゃあ言っていても落ち着いており場合によっては1人近づいて駆除した挙句注目されたらキョトンとするような奴だ。その美沙が怯えるあたりこの家庭内害虫の恐ろしさが伺える。
「と、とにかくた、退治しないと。」
山口だって決して平気ではない、しかし縁下美沙ですら動けない今ここは自分が何とかしないといけない。
彼は周囲に目を走らせる。
あった、幸いすぐ手が届くところに殺虫剤だ。
「美沙さんちょっと離れててっ。」
山口は殺虫剤のスプレー缶をひっつかみ美沙は黙ってびょいんと後ろに跳ねて山口から距離を置く。素早く山口は壁の家庭内害虫に殺虫剤を噴射した。
シュウウウと勢いよく薬剤が飛び出してターゲットに直撃、しかし向こうはそのまま素早く移動するときた。
「ヒイイイイイッ、やっぱししぶといっ。」
怯えまくった美沙が叫んで害虫の奴を目で追う。
「あ、山口あそこ、天井っ。」
「よっし。」
これまた迅速に山口は天井へ殺虫剤を噴射して美沙は落ちてきたらたまらないと逃げ惑った。
「くっそまだ生きてるっ。」
「うううー、あいつら甲羅は丈夫で薬剤がかかりきらんから足狙わなあかんてホンマなんかなあ。」
「何か微妙に詳しいねってわあこっち来るっ。」
「いややあああああっ。」
更に狭い部室を逃げ回る美沙、家庭内害虫は天井を移動、山口も青ざめながら殺虫剤のノズルをターゲットに向けて噴射のタイミングを伺う。美沙は山口の邪魔にならないようにと意識はしているものの恐怖故攻勢に出ることが出来ない。
「ごめん山口、私今回はホンマにあかん。」
まさかの半べそである。
「う、うん、無理しないで。」
美沙が虫で半べそ、相当の事態だと山口は理解した。
そしてターゲットが動く。
「そこだっ。」
山口は再び殺虫剤を噴射、噴射の勢いに煽られてターゲットは天井からポトリと落ちた。美沙はそれを視認した途端ビャアアアアアッと部室の反対の端に逃げて窓側の壁に背中をひっつけんばかりの勢いだった。