第4章 【前監督と義妹】
試合の間、少女は静かに観戦していた。兄とやらに知られないようになのか元々騒ぐタイプではないのか。それでも烏野側で何かある度に手をギュッと結んだり、片手を胸のあたりにやってハラハラしている様子を見せたりしていた。それはそれとして一繋には気になる瞬間があった。
「兄さん。」
烏野側がタイムアウトを取った時、ベンチの方に目をやって少女が呟く。一繋はその横顔をこそっと盗み見る。ふと思う事があった。
そうやって試合が終わってからの事だ。少女は律儀に一繋に失礼します、と挨拶をした。
「人見知りみてえなのに律儀だな。」
「別にそないなこと、あっ、そんなことないです。」
「ああああ、いちいち訂正すんな。本当面白い嬢ちゃんだ。」
「ふ、普通です多分やけど。って何で吹いてはるんですかっ。」
笑うなという方が無茶だと一繋は思う。
「いや嬢ちゃんあのな」
「あ、えらいこっちゃ早よ行かんと兄さん達にバレる。あの、なんちゅうか、ありがとうございます。では。」
「おう、気をつけてな。」
余程排球部関係者に見られたくないのか少女は一礼し、人混みに紛れてあっという間に姿を消した。
「あれ、」
かつての教え子で同じく観戦していた嶋田誠が振り返る。
「さっき誰かと話してませんでしたか。」
一繋はいいや別にと返した。
一繋は試合観戦後、戻ってそうな頃合いを見計らって孫の所へ足を運び話をしていた。
「繋心、」
試合のことについて一通り語り終わった時である。一繋はふと呟いた。
「なんだよじじぃ。」
「今烏野に関西弁の嬢ちゃんいるか。」
「ああん、なんだよ急に」
不審そうな顔をするも繋心には心当たりがあるらしい。
「1人知ってっけど。今のチームの奴の妹だ。」
「関西弁の奴なんかいたか。」
「いねーよ、つーか訳ありなんだよ。そもそもじじぃの癖に何人ん家の事情に首突っ込んでやがんだ。」
いや、と一繋は笑う。
「今日烏野の試合見に来てた嬢ちゃんがいてな、ちっと面白かったからつい。」
「ケッ、スケベじじぃが。」
「バレー馬鹿がうるせえぞ。」
「誰のせーだっ、クソじじぃっ。」
喚く繋心はここでふと目を伏せた。
「縁下妹、あいつ来たのか。」
「ほお。」
一繋は笑いながら無言で孫に続きを促す。孫は茶を飲みながらポツリと言った。