第4章 【前監督と義妹】
現在烏野高校男子排球部のコーチをやっている烏養繋心の祖父にして前監督だった烏養一繋がその少女に会ったのは烏野が出場している公式戦を見に来ていた時だった。同じく見に来ていたかつての教え子達と話した後、その少女がキョロキョロしながらしかも遠慮がちに一繋から席一つ分離れた所に座ったのである。落ち着かない様子に見かねて一繋は声をかける。
「嬢ちゃん、遠慮せずこっちきな。」
「あ、ありがとうございます。」
おずおずと少女は一繋の隣に移動した。
「嬢ちゃんも烏野を見にきたのかい。」
尋ねると小さくはい、と返事がくる。
「2年に兄がいるので。試合には出てないですけど。」
一繋はおやと思う。彼の知る現2年—自分がいた頃はまだ1年だったはず—にこの少女の兄と思われるような奴などいただろうか。しかも少女は標準語で話してはいるもののこの辺りのイントネーションではない、これは確か。
「アンタここいらのもんじゃないみたいだな、他所から来たのかい。」
「はい。県内の別のとこから最近こっちに引っ越してきました。」
「そうか。」
一繋は呟き、まあ人んちの事情に踏み込むこたないわなとそれ以上は聞かない。しかし少女は言った。
「ひょっとして言葉ですか。」
流石にギクリとした一繋に少女は続ける。
「育ててくれた祖母が瀬戸内海辺りの出身で関西弁だったんです。私もどうしても抜けなくて、お聞き苦しいかとは思いますがご勘弁を。」
「ははっ、アンタ変わってんなぁ。」
「よく言われます。」
「だろうな。」
座る時は遠慮がちだった癖に言葉の話になると途端に開き直ったかのように堂々と話す少女の様子は見た目の大人しさと地味さからは想像しにくい。
「よく見に来るのか、試合。」
「いえ、まともに来るのは今日が初めてです。兄にも今日来るって言ってません。」
「言ったっていいじゃねえか。」
笑う一繋に少女は顔を赤くした。
「1人で行くって言ったら兄が変に心配してあたふたするのが目に見えてるので。」
「また妙な兄妹だな。」
「それも時たま言われます。」
「ハハハッ。」
ここで試合開始の笛が鳴り、2人は沈黙した。