第21章 ・義妹が起こした奇跡
「兄様、妄想が過ぎます。」
「俺は可能性の話をしている。」
「有り得ません、及川さんは悪い方ではありませんが少なくとも私はそういう方向は考えてません。いらっしゃる時の景色は良いと思いますが。」
「景色。」
「はい。」
「景色と言ったか。」
「はい、兄様。」
文緒が強く頷くと異変が起きた。若利が向こうを向いて吹き出したのだ。おかげで若利はぐらつき、膝に乗っけられたままの文緒もバランスを崩す。
「兄様。」
落ちないように床に手をつきながら疑問形で呼びかける文緒、若利はそんな義妹を引きよせながらも肩が震えている。文緒が大丈夫かと義兄を見ていると若利は仰け反った。
奇跡だ。あの牛島若利が声を上げて笑っている。おまけに目にうっすら涙まで浮かんでいる。何と希少な光景であることか。
白鳥沢のチームの連中が見たら白布以外は混乱すると思われるくらいそれは異常事態だった。文緒だって驚くほかない、初めて見る義兄の笑顔に目は釘付けだ。
「に、兄様、あの。」
困惑した文緒は呟き、若利はようやっと話せる程度にまでは落ち着いた。
「すまん。」
それでもまだ少しヒクヒクしていて文緒は若利の膝からずり落ちる。
「兄様、私は何か妙な事を言ったでしょうか。」
「お前は独特な気がするとは思っていた。だがまさかそういう事を言い出すとは予想外だった。」
「何て事。私は独特ではありません。」
「説得力に欠ける。誰も耳を貸さん。」
「兄様に言われたくありません。」
「少々生意気になったな。誰に影響された。」
言いながらも若利は微笑んでいて文緒はすっかりと力を抜いていた。
「誰でもありません。いい加減我慢するのに飽きました。」
ぷいっとする文緒に若利はそうかと呟く。
「今のでやっとわかった。」
「急にどうされました。」
文緒が首をかしげていると若利にまた膝の上に乗せられた。
「お前を守るのは俺の義務だ、それは揺るがない。ただ尊厳を奪っているつもりはなかった。」
「はい。」
「だがどうやら俺は等しい事をしていたようだ。」
「兄様。」
「すまない、文緒。」
若利のごつい腕が文緒の肩に回された。文緒はふふと笑った。