第21章 ・義妹が起こした奇跡
「兄様はずるいです。」
「何故だ。」
「あんな風に笑っている所を見てしまったら許さないとはとても言えません。」
「俺はそんなつもりはない。」
「存じております。」
文緒はそっと若利にもたれかかった。
「兄様、私は先(せん)だって出来るだけお側にいさせてくださいと申しました。」
「ああ。」
「逆に言えば心配なさらないでください。私は出来るだけお側にいます。お母様とも約束しました。」
「母さんと。」
「はい、兄様の側にいてほしいと。」
位置関係と体勢の都合上若利の顔は見えない。しかしそうかと呟く若利の声は幾分穏やかに聞こえた。
「文緒。」
「はい、兄様。」
「もう無理に連絡は入れなくていい。」
「ありがとうございます。」
「ただし俺はお前の兄だ。お前の身に危険が及ぶ事は望まない。」
「君子でもマンボウでも危うきには近寄らずで参ります。」
「それも内田百閒か。」
「いいえ、どくとるマンボウこと北杜夫先生です。かの斎藤茂吉のご子息です。」
「お前の趣味は限定的なようだな。」
「学校で習うものばかりではつまりません。良ければ本をお貸ししましょうか。」
「いや、良い。」
「そうですか。」
次章に続く