第16章 ・知らぬところで
「そうか。」
若利は納得したように言った。
「帰りについては置いておこう。」
「それがいいよ、若利。」
大平も言う。
「でもやっぱり不思議だな、こないだまでの無関心が急にどうしたんだ。」
若利は一瞬沈黙した。その脳裏に何度か"はい、兄様"と返事をして微笑む文緒の顔が浮かんでいることなど仲間達には知る由もない。
「よくわからない。」
若利は言った。
「ただ、家に帰るとあれがいるのが普通になってきた。」
若利の言葉に大平がそうかそうかと頷く。
「大事になってきたんだな。」
「それはわからない。」
「じゃあ気づいていないだけだよ。」
「そういうものか。」
「そういうものだよ。」
ここで五色があのっと声を上げた。
「牛島さんはもし文緒がいなくなったらどうするんですかっ。」
どストレートに尋ねる五色に瀬見がまたこの馬鹿はっと叫ぶが飛び出した言葉は戻せない。若利はジロリと五色を見た。
「余計な事を言うな。」
「すっ、すみませんっ。」
頭を下げる五色に若利はふと目を伏せしかしすぐにその視線は上がる。
「そうならない為に俺がいる。」
「結局大事なんじゃねえか。」
山形がボソリと突っ込む。
「鈍感の扱いには困りますね。」
「太一は最近余計な事言い過ぎ、いい加減にしなさいよ。」
「また獅音は固いんだからー。」
「あのね、天童が柔らかすぎるから。」
ここで瀬見がおい若利、と流れをぶった切ってエースに言った。
「大事にすんのは結構だけどな、あいつを都合のいい女にはするなよ。」
「よくわからないが尊厳を奪う気はない。」
「じゃいーけど。」
言って瀬見は若利に背を向け、先に行くと言って部室を出て行く。天童がビョインッとその後を追った。
「瀬見にまでうちの文緒の心配をされているのはどうなのだ。」
首をひねる若利の横で大平がやれやれと首を横に振った。