第53章 ・思い、請い、誓い、そして
「お前にとってはまず不幸の方が先だったろう。だがそれより俺はお前がうちに来た喜びが大きい。」
「気になさらないでください、兄様。」
義妹は笑った。
「私も兄様のお側にいられて嬉しいです。」
若利も本当に微かだが笑い返す。
「そうか。掃除も丁度いい加減だ、肝心の用を済まそう。」
「はい、兄様。」
2人は墓の方に向き直った。静かな墓地にて図体のでかい少年と実年齢がわかりづらい少女が花を供え、線香を立てて手を合わせる図は少々浮いている。実際僅かながらも通りがかった者達は不思議そうに彼らを見、うち誰かが少年の方を見てTVで見た気がすると言った。更に別の誰かがもしかして白鳥沢の牛島君じゃないかと言う。高校バレーの有名人がどうしたんだろうとか隣の女の子は彼女かなどと好き勝手言う彼らだが当の兄妹はそんな事は知らない。
1人は思う、お父さんお母さんどうか心配しないでと。自分は牛島の家にいて無事にしている、新しいお母様もお祖母様も優しくて、兄様には凄く大事にされて色んな人に会ってよくしてもらって幸せにしているから大丈夫と。
もう1人は請う、遺された娘と踏み越えてしまったことをどうか許してほしいと。そして誓う、その代わりこの娘は自分がずっと側にいて守ると。
静かに並ぶ石の列の中で目を閉じている2人には鳥の声が妙に耳につく。しばしそんな時間が流れてはかったようなタイミングで風が吹いた。それが合図になったかのように2人は立ち上がった。
「報告は済んだか。」
「はい、兄様。」
「俺も済ませた。いや、」
若利はふと目を伏せる。
「俺の場合は許しを請うたといったところか。」
「兄様。」
文緒が呟くと同時に若利は自分の片手に暖かいものを感じた。若利にとっては愛らしい小さな両手が自分の手を包んでいる。大きさが違いすぎて包みきれていなかったけれどそれは置いておこう。
「大丈夫です、兄様が一緒にここに来てくださるほど私を大事にしてくれているんですから。父も母もきっと許してくれます。」
「そうか。」
「はい。」
文緒はまた笑う。途端にまた風が強く吹き、義妹は飛ばされそうになった帽子を慌てて押さえる。首から下げている若利が贈ったペンダントもまた小さく揺れる。若利は柄にもなく一瞬ぎくりとして目を見開いた。風の中、帽子を押さえながら微笑む義妹があまりに儚く見える。