第37章 ・牛島兄妹、留守番をする その5
「ところで兄様、」
愛に溢れたしばしの沈黙の後、文緒が呟いた。
「そろそろおろしてくださいな。着替えとご飯の支度をしないと。」
「ああ。」
若利はそっと義妹をおろし、義妹はでは後ほどと言ってパタパタと自室へ戻っていった。
しばらく後の事である。
「無理して俺に合わせなくても良いのだが。」
朝ご飯をもぐもぐやりながら若利が呟く。
「お母様がいらっしゃらない時はいちいちご飯の時間をずらすとやり辛い事に気づきました。」
「そうか。」
「ただ、登校の時刻はずらしますね。」
「何故だ。一緒に来れば良いだろう。」
「兄様」
文緒がため息をつく。この義兄はどうかすると自分よりも鈍いと思っている事など若利は気づいていない。
「チームの方や他の部の人にまた冷やかされます、とうとう嫁が朝から着いてきたと。」
「言わせておけば良いだろう。」
「それでは兄様も対外的に嫁認定している事になりますが良いのですか。」
若利はふむと考えるが大して時間はかからない。
「構わない。」
言った途端文緒が固まった。
「意図せず外からお母様達のお耳に入ったらどうします。」
「正直に言う。」
「何だか当初と仰ってる事がずれてます、兄様。」
「状況に合わせただけだ。」
「さりげなく返しが上手になりましたね。天童さんの入れ知恵ですか。」
「いや特には。」
「それはそれで何て事。」
「嫌なのか。」
さりげなく若利が差し出した空の茶碗を受け取りながら文緒はふふと笑った。
「そんな仰(おっしゃ)いよう、ずるいです兄様。」
「何故だ。」
「嫌ではないのはわかってらっしゃるでしょう。」
「いや、わからない。」
「あら、そこはまだまだですね。」
「精進する。」
「期待してます。2杯目はこのくらいですか。」
「ああ。」
茶碗を受け取って2杯目を食しつつ若利は呟いた。
「とにかくお前は俺のものだという事を言いたい。」
「逆にそれは兄様は私のものだと言っても良いという事ですか。」
頬を赤らめて遠慮がちに呟く文緒に若利は何故当たり前の事を聞くのかと本気で思った。