第36章 ・牛島兄妹、留守番をする その4
"気をつけてやれよ、文緒は寂しいとか助けてって言うのが異常に下手だからな。"
その時そう言った瀬見の顔が若利にすらわかるくらい一瞬悔しそうに歪み、ごくごく小さく俺は直接何も出来ないからなと付け加えていたのを覚えている。
「文緒。」
「何でしょう、兄様。」
「今は母さん達がいない、俺が帰るまではお前は1人だ。」
「はい。」
「孤独を感じるといったことはないか。」
「仕方のない事です。」
「間接的に答えるのはやめろ。そこだけはいつも気に入らない。」
「そんな。」
困ったように目を伏せる文緒、まさか泣き出すのかと若利は一瞬思った。
「直接的に言え。俺が聞きたいと言っている。」
内心やや焦りながら後押しすると文緒はずり落ちそうになった体をモゾモゾしてから言った。
「寂しいです。家の事をやっていなかったらふいにそう感じます。」
「そうか。」
ちゃんと聞けたので若利は満足した。つい義妹の頭をぽふぽふとしてしまったのは最早本能かもしれない。
「出来る限りの事はする。」
「お気持ちだけで十分です、兄様。どうかご自分のことに集中してください。兄様の邪魔になるのは私の本意ではありません。」
「自分の事は当然だ。だがこっちもお前が妙な無理をして何かあるのは本意ではない。」
「兄様。」
俯く文緒の声は震えている。怯えているのではないことは何となくだがわかるようになった。ふいに若利の胸の内に何かが込み上げてくる。何かはわからないがそれは膝に乗せた義妹を強く抱きしめるという形で現れた。
「今晩はここにいろ。」
「え。」
若利を振り向く文緒の顔は怪訝そうである。
「ここにいろと言っている。」
「でも兄様お休みにならないと。」
「無論休む。だがお前もだ。」
「何を仰っているのかよくわかりません。」
言う文緒はこの時大変困惑していた為にこう言った訳だが若利は人の話が全く理解出来ない娘ではないのに何を言っていると本気で思う。
「わからないのか。」
問い返す若利に文緒はおずおずと頷き、若利はどうやら行動で示した方が良いようだと若干ズレた判断をした。