第1章 序章『Special Birthday』
段々と増えて行く「へ?」と、その間の抜けた声に腹が立ったのか、蓮が怒鳴る。
ユウラはそれからしばし放心していた。相当な衝撃を受けたらしく、まだ蓮の話が脳に浸透していない。無理もない、と蓮はそれには目を瞑った。
「ユウラ、質問はあるか?」
「質問っていうか、疑問だらけよ!大体どうして私が魔女なのよ?今までそんな事一言も言ってくれなかったじゃない!」
「……約束なんだ。お前が十一歳になるまでこの事は話さないって。その時が来るまで、普通の、平凡な生活をさせるって」
蓮の声は低く、ユウラの骨の髄にまで響くようであった。
「誰との約束?」
「まだ言えねぇ」
蓮の辛そうな表情を見ているのが苦しくなったのか、ユウラはそれ以上は何も聞かなかった。
すると、蓮が彼女の肩に止まり、頭をその大きな翼で撫でた。ユウラはそのベルベットのようななめらかな肌触りが好きで、心地よさそうに目を細める。
「急で悪かった。本当は俺ももっと早くに話してやりたかったんだけどよ」
「ううん、もういいよ。私、行く。行かなきゃいけない気がする。蓮に言われたからとかじゃなくて、なんか、そんな気がするんだ」
「……そうか」
それからしばらく、二人は沈黙に身を委ねていた。
「おっとそうだ。ユウラ」
「ん?」
「誕生日、おめでとさん」
そう言って蓮が照れくさそうにユウラに渡したのは、シンプルなシルバーの指輪であった。
「それ、絶対肌身離さず持ってろよ」
「うん!ありがとう、蓮!」
嬉しそうに薬指にはめ、眺めているユウラを見て、蓮も微笑んだ。蓮なりの、特別な誕生日の、特別なプレゼントであった。
ユウラはそれから一時間もすると、すっかり眠りについていた。
蓮はというと、一本の高い、大分年老いた樹の上で満月を眺めている。なにかを決心したように、真っ直ぐな目で。
「俺が守るよ、ユウラ」
その呟きは誰の耳に届く事なく、夏の夜空に重く響いて溶けた。
序章 完