My important place【D.Gray-man】
第39章 夢現Ⅲ
いやだ
やめて
こわい
幼い私が顔を出す。
得体の知れない恐怖に怯えていた、暗く冷たい地下での毎日。
「…ぁ…ッ」
カタカタと体が震える。
じっとりと体中に浮かぶ冷たい汗。
ひゅっと吸い込んだ短い息は、掠れた音を立てた。
息が、苦しい。
「雪…?」
「む。いかんっ」
二人の声が、遠くに聞こえるようだった。
息が苦しい。
上手く吸えない。
くるしい
こわい
こわい
「おい雪、大丈──」
「言うな」
「は? 何が…」
「今はそれを言ってはならん」
ティキの腕に囲われたまま、近付いた顔はあの目玉模様を額に持った青年のもの。
すぐ目の前に顔はあるけれど、触れてこようとしない。
「落ち着け、雪。ゆっくり息を吸え」
「ぁ…っ」
「何も怖がることはない。ワタシはその体を傷付けはせぬ」
「ッ…」
「主の体から血など流させはしない。薬も投与などしない。ちゃんと話す。説明もする。わからないことはちゃんと答えよう」
不思議な言葉だった。
私の恐怖が手に取るように、わかっているかのように、望んだ答えをくれる。
「だから怖がることはない。落ち着け、雪。息を吸え、ゆっくり」
"大丈夫"とは言わない。
その言葉に不思議と偽りは見えなかった。
…言われるままに、ゆっくりと息を吸う。
何度も、何度も。
体の震えが、少しだけ治まる。
息が少しだけ、楽になった。
「っ……ほんと、に…?」
「ああ」
「痛いこと…しない…?」
「ああ」
「…薬…」
「せぬよ。何も御主の体に投与はせぬ」
私の望んだ答えをくれる。
はっきりとした言葉で。
「だから落ち着け。雪」
知らない人なのに。
その言葉に、本当に体は落ち着いていくようだった。
鼓動が静まる。
息ができる。
すぅ、と深く入り込む空気。
震えは、止まっていた。