My important place【D.Gray-man】
第36章 紡
重なったのは一瞬だけだった。
同時に思い浮かんだのは、二人の顔。
「……前に同じようなことを言った人がいた」
『人間はだね、男と女が愛し合うことで生まれてくるんだ』
"──それって、まるで私たちみたいだね"
「そうやって笑って、"人を愛する"ってことを俺に説いた人が」
俺でも温かさを感じられた笑顔を見せてくれた、エドガー博士。
切ない程に愛しいと思う気持ちを抱えさせてくれた、あの人。
俺に"愛"なんてもんを教えてくれたのは、後にも先にもあの二人だけだった。
「今ならわかる、あの笑顔の意味が。……捨てたもんじゃないって思えるんだな」
「え?」
"愛"なんて知らない。
"愛"なんてわからない。
それでも切望した幼い自分。
あの時曖昧に抱えた気持ちが、今なんとなく理解できた。
自分の為じゃなく、誰かの為に生きたいと思える。
それは"あの人"に対しても抱えている変わらない思い。
だけどそれだけじゃなく。
一緒に生きていたいと想う人がいる。
傍で感じていたいと想う人がいる。
それだけで、こんなにも目に映る景色は変わるのか。
「この世界も、捨てたもんじゃないって思える」
暗い泥の中に沈んでいたような日々。
それが雪の傍にいると自然と浮上していくようだった。
俺の視界には、俺にしか見えない花が咲き乱れてる。
それでも目の前のこの存在を見ていると、それは気にならなくなる。
全てはクリアに広がって、広く映し出される世界。
僅かに力を入れて目の前の存在を抱きしめる。
額を重ねて目を閉じても、変わらず感じる雪の存在は確かに、俺に"幸福"というものを感じさせてくれた。
「…うん」
目を閉じた闇の中、聞こえた雪の声は微かに震えていた。
それが気にかかって目を開けた途端、
「──」
視界を埋め尽くしたのは、近過ぎる距離にある雪の顔。
同時に唇に当たる柔らかい感触があった。