My important place【D.Gray-man】
第35章 抱擁
「…つーか、なんだその顔」
近い距離でじろじろと見られて息を呑んでいると、改めて私の顔の酷さに気付いたのか、神田は眉を潜めた。
少しひんやりとした指先が、私の目の下に触れる。
「なんでこんな疲労してんだよ」
「え、と…寝不足で…」
「…遅くまで遊び呆けてやがったのか」
「ち、違う違う」
更に眉間に皺寄るその顔に、慌てて否定する。
寝不足の原因。
それを唐突に思い出して、あの奇妙な不安が私を襲った。
…そういえば一瞬、忘れてた。
神田の唐突な出現で。
……ノアのこと、すっかり頭から抜けてた。
「…ちょっと、寝付けなかったというか…」
「……」
鬼のような神田の怖さもあったかもしれないけど…やっぱりその存在の大きさが忘れさせてくれたんだ。
そう思うと、今目の前にあるこの存在を改めて強く感じた。
目の前にいる。
手を伸ばせば触れられる距離に、ちゃんといる。
言葉を濁しながら伝えれば、神田は無言のまま。
だけどその眉間の皺はなくならなかった。
「……ノア野郎に何かされたのか」
──え?
「…え…」
唐突だった。
あまりに唐突で、予想なんてしていなかったその単語に思わず神田を凝視する。
なんで、ノアのこと。
「さっきコムイから聞いた。お前、昨日街でノアに捕まったんだろ」
「…あ」
そう、なんだ。
思わずほっと脱力する。
…そうだよね。
昨夜のこと、何も知らない神田が気付くはずないよね。
そういえば神田は団服のままだし、よく見ればイノセンスである六幻も持ったままだった。
多分コムイ室長に任務報告を済ませた後、そのまま談話室に顔を出したんだ。
……もしかして聞きたいことって、それだったのかな。
「何かされたのか」
「……」
されてない、と言えばいいのに。
アレン達には迷いなくそう言えたのに。
この奇妙な不安が、そう口にさせてくれなかった。
「……何されたんだよ」
無言を肯定と見たのか、神田の眉間の皺が深くなる。
なのにまるで反比例するように、その口調は刺々しさを静めた。
不器用な、神田なりの優しさ。
それを感じて、少し鼻の奥がツンとする。