My important place【D.Gray-man】
第32章 幾恋心
「神田殿? どうされました」
「…いや」
塔の前で振り返って呼ぶトマに、視線を左手から外す。
「なんでもない」
もうこの手首に慣れた感触はない。
なのに今は離れている月城の存在が俺の心を見えない"何か"で縛る。
それはどこか甘くさえ感じるものだった。
『ピーピー』
そんな思考を中断させたのは、俺の斜め頭上を飛んでいた通信ゴーレム。
なんだこんな時に、本部から任務情報でも連絡が来たのか。
…いや、本部との連絡なら電話機を使わないと通信ゴーレムだけでは行えない。
精々できるのは転写した映像の交換くらい──
「………あ?」
手元に寄せたゴーレムが映し出した映像。
その見覚えのあるあいつの見覚えのない姿に、思わず固まった。
「…おや? それは…月城殿…ですか?」
隣から覗き込んできたトマが、まじまじとその名を呼ぶ。
そう、それは月城だった。
確かにあいつの姿だった。
ただその姿は今朝見た時のラフな私服姿じゃなく、見慣れないリナが着るような女物の服装をしていた。
髪も手も足も、そしてその顔も。
いつものあいつとはまるで違う姿だった。
「随分と可愛らしい姿をしていますね」
「……」
「こうして見ると、月城殿も一人の女性──」
ミシッ
『ピーッ!?』
「か、神田殿っ!?」
思わず手にしていたゴーレムを握る手に力が入る。
ゴーレムの泣き叫ぶ音とトマの慌てた声が重なったが、今の俺にはどうでもよかった。
映像の送り主はリナだった。
恐らくあいつの手でこんな姿にされたんだろうが…
「……なに女みたいな恰好してんだよ」
低い声で呻る。
好き勝手に着飾るのはいいが、俺の手の届かない所でんなことすんな。
変に誰かに目でも付けられたらどうすんだよ。
「あの馬鹿」
帰ったら一発殴ってやる。
苛立つ思いのまま、映像をぶち切る。
切る瞬間にもう一度見た月城の見慣れない姿は、いやに目に焼き付いて。
「チッ」
手の届かない所にいることに、無性に苛立ちは増した。