My important place【D.Gray-man】
第32章 幾恋心
「情報によると、此処で何度も不可思議なその少年の姿が目撃されているそうです」
「そいつの目撃時刻は」
「夕方から夜にかけて。夕方まで、まだ時間がありますね」
高い位置にある太陽を見上げながら言うトマの声を耳に、目の前の景色を見渡す。
廃れたその村は人影一つなく、誰も住んでいる気配はない。
今回の任務は此処で目撃されている人影の捜索だった。
よくある怪奇現象で、それがイノセンスと関係があるかもしれない、というだけのこと。
「手頃な場所で待機するか」
「そうですね。あの塔の上はどうですか。見晴らしがいいので、何かあればすぐ気付けます」
「ああ」
トマの言葉に頷いて、村の真ん中に立つ古びた塔へと向かう。
肩にかけていた六幻が入った布袋は、いつでも取り出せるように左手にして。
「……」
ふとその手を見下ろす。
いつも感じていた"それ"を身に付けていない手首は、どことなく違和感を感じた。
『預かってろ』
『…これ…』
任務が別々になることを気にしていた月城に、左手首に付けていた"それ"を預けた。
別に思い入れなんてないから、くれてやることには大きな意味も何もない。
意味があるのは別のこと。
ただ形にしていたかっただけだった。
目に見えるものとして戒めておかないと、俺が気が済まなかったから。
"ユ、ウ…?"
"ごめん…アルマ…俺は生きたい…"
"ッ…ユ…"
"お前を破壊してでも…!"
血と涙と咆哮。
初めてイノセンスと同調して、初めて周りに抗える力を手にして。
その刃で最初に傷付けた相手は、俺が何よりも大事にしたい存在だった。