My important place【D.Gray-man】
第6章 異変
どれくらい、そうしていただろう。
トイレの手洗い場の前でうずくまるようにして、頭を抱えたまま、頬を伝うのは赤い雫。
頭の痛みや木霊する声は、いつの間にか消えていた。
のろのろと自分の体を起こす。
暗い視界に映る手洗い場の鏡。
そこに映った自分は、額から血を垂れ流しながら…困惑と不安。そんな感情を纏った顔をしていた。
「止血、しなきゃ…」
…とりあえず、すべきことをしないと。
額を片手で押さえてトイレを後にする。
相も変わらずカラカラと点滴のキャスターの音以外は、何一つ物音のしない静かな廊下。
だけどそんなこと気にもならなかった。
知らない傷。
知らない声。
知らない言葉。
自分の体に知らないことが起きている。
それはこんなにも、大きな不安を纏うものだったんだ。
「アレンは、凄いな…」
敵の所有物であるはずのノアの方舟を、その体で操ってしまったんだから。
自分の知らない体のことに、こんな不安は抱かなかったのかな。
…いや。
「違う」
凄くなんてない。
『いつまでも凹んでたって、仕方ないですし』
そう眉を下げて笑ったアレンを、私は強いと思った。
でも違う、そうじゃない。
そう言い聞かせてたんだ。
答えなんて見つからないから、誰にも縋れなくて。
自分の中で処理するしかない思いを、自分で自分に言い聞かせることで保ってる。
なのにそうやって笑うあの子を、私は"強い"だなんて当たり前のように解釈してた。
なんて勝手なんだろう。
弱い自分が嫌い。
だから強い自分であろうとした。
でも、こんなにも簡単に不安に押し潰されそうになっている。
一体何をもって"強さ"と称するのか。
なんだかわからなくなった。
「…っ駄目だ」
ふるふると首を強く振る。
ぱんっと、強めに自分の両頬を手で叩いて渇を入れる。
「神田の血で起きた現象かもしれないし。調べてもらえれば、わかるはず」
うじうじするな。
この教団に入団を決めた日から、自分の体は教団に捧げた。
わからないことがあれば調べればいい。
それだけだ。