My important place【D.Gray-man】
第29章 想いひとつ
「姫…泣かないで…下さい…」
「っビットリオ…!?」
癖の強い茶の髪も、真っ白なものへと変わっている。
一瞬で何十年も…ううん、何百年も年老いたかのように。
それでもボロボロの顔でビットリオは静かに口を開いた。
「いや…貴女が姫でないことは…わかっていた…姫がもう…亡くなられたことも…」
「…え…」
「それでも…貴女の為に戦えて、幸せだった…」
骨と皮だけになった顔で、ビットリオがクラウディアさんに微笑みかける。
「貴女は…貴女の為に…生きればいい……サンドラのよう、に…」
"姫"とは呼ばず、名だけを紡ぐその声はどこか愛しそうな響きをしていた。
…ああ、多分。
ビットリオはサンドラ姫のことを愛してたんだ。
漠然とだけどそう直感できた。
クラウディアさんがサンドラ姫じゃないとわかってても仕えてたのは、どこか似たものを感じたからじゃないのかな…。
それが容姿であれ内面であれ、なんであれ。
そして恐らく彼女の為だけじゃなく自分の為にも、彼女を姫として守ろうとした。
千年生き続けたその想いを向ける相手が、きっと欲しかったんだろう。
「ビットリオ…?…ビットリオ…!」
すぅ、と息を吸い込んで目を瞑る。
その顔に優しい微笑みを残したまま、サラサラと崩れていくビットリオの体。
「嫌! 嫌よビットリオ…!!」
縋り泣くクラウディアさんを残して、まるで塵のように細かな粒へと変えて風に乗って消えていく。
それは千年もの間、ただ一人の女性の為に生きた
ローマの剣闘士の最期の姿だった。