第49章 つむぎ星に願いを

　はずだった。


「び、っくりした…！」


　雪が倒れる前に、流れるような動作で抱き上げたのは神田の腕。
　反射的に掴まる雪の腕から解放された小動物を、同じく流れるように取り上げた。


「邪魔だ」

「キュッ！？」

「あ！」


　ぽいっと放られたニフラーが、ころころと屋根を転がり落ちる。


「何して…ッ」

「この高さで落ちても平気なのは実証済みだろ。それにどうせ戻ってくる。余程お前が気に入ってるみたいだからな」

「だからって…万が一も」

「問題ない」


　告げた神田の目が、自身のポケットへと向く。


「"起きろ"」


　その言葉に反応を示すものがなんなのか、雪も知っていた。
　キュインと起動音を立てた神田のゴーレムがポケットから飛び出すと、きょろきょろと一つ目で辺りを見渡す。


「あのチビナスを見張れ。何処かへ行くようなら捕まえろ」

「ピピッ」

「チビナスって…よくその言葉で理解したね…」

「俺の目線の先を追っただけだろ」

「成程…って何処行くの？」

「何処も行かねぇよ」


　雪の体を抱き上げたまま、神田が足を進めたのは傾斜の先。
　屋根の中心は細い冠ではなく、台形のような平たい形をしていた。
　平坦な場に足を付けて体を安定させると、藁の敷き詰められたその場に雪の体を下ろす。


「見ていたいんだろ。星を」

「そうだけど…」

「俺は星を捕まえてやれない」


　寝かせた雪の隣に腰かけて、覆うように被さる黒い影。
　しかし満天の星空を背景に見つめてくる神田の姿は、リヴァプールのホテルの暗く小さな一室とはまるで違って見えた。


「だから俺がやれるもんを、代わりにやるよ」


　微かな風にそよぐ長く黒い神田の髪。
　その髪の隙間から星々が煌めく。
　見つめる切れ目の黒い瞳にも、微かに宿る一筋の光。


（──綺麗）


　星空か、彼か。
　雪自身も掴み兼ねたが、理由を追う気にもならなかった。

　屋根の上だというのに、触れる相手が神田だというだけで不安はなくなる。
　その首にそっと腕を回して、差し出してくれるであろう温もりに身を寄せた。

　唇が触れるその瞬間まで。
　閉じまいと向けた瞳の中に、煌めきを落として。