My important place【D.Gray-man】
第49章 つむぎ星に願いを
普段は感情を表に出さない神田が、表情で疑問を語ってくる。
その顔を見返しながら、雪の脳裏にぼんやりと過ぎる光景があった。
赤い血のような雨。
ザァザァと鳴り響く雨音に掻き消されて、歪なノイズが拾えない。
しかしそれは確かに自分の声だった。
"──ッ──っ!"
何度も何度も口を閉じては開けて、その名を呼ぶ。
憶えているよ
伝えられるよ
だから お願い
ひとりぼっちに しないで
縋るように握った手は力無く滑り落ちる。
いつも見上げていた高い位置にあった顔は、地面に横たわり動かない。
雨で濡れた雫が、その口元を伝い落ちた。
雨か、血か。
わからない雫が赤く滲んで。
薄らと開いた唇が言葉を紡ぐ。
ほんの少しだけ広角を上げて笑った口元は、一番聞きたくなかった言葉を吐いた。
"──"
それが、全ての崩落。
(そうだ…あれに比べたら)
全てが掌から砂のように零れ落ち、失う絶望。
掴み止めることもできずに、叫んだ声は枯れ果てた。
(あの時の痛みに比べたら)
まだこの掌に掴みたいものはある。
全てを失った訳ではない。
もうあんな思いはしたくない。
身を引き裂かれ奈落に突き落とされるような感情は、もう二度と。
だから閉じ込めた。
穴だらけの心から、これ以上血を流さないように。
見えない包帯できつく巻いて、見えない箱の奥底にしまった。
忘却に帰すことで、ようやく裸足でまた歩き出せたのだから。
だから記憶の彼方に、赤い雨と共に洗い流した。
本当に呼びたかった、その名を。
「キュウ?」
くい、と袖を引かれる。
ニフラーの主張に、雪ははたと目を瞬いた。
「あ、うん…なに?」
膝の上の二フラーを見下ろせば、くらりと頭が揺れる。
「っ」
急速に体温を奪われるような寒気。
目の前の黒い毛玉が歪んで、思わず額に手を当てた。
「おいッ」
階段に浅く腰掛けた体制から崩れ落ちそうになれば、二の腕を強く掴まれる。
「ぁ…」
見上げれば、傍に立つ神田の姿。
支えるようにして雪の腕を掴んだまま、顔を見下ろし眉を潜めた。
「蒼白だぞ」