My important place【D.Gray-man】
第49章 つむぎ星に願いを
(なんで此処に千年伯爵が…!?)
処理が追い付かない目の前の出来事に、頭が混乱する。
それでも此処から逃げ出さなければと、体内で響く危険信号は雪の足を動かした。
じり、と一歩後退る。
途端に路地裏奥のピエロがぴくりと反応を示した。
「ふふッフ…! ホーォッホホホホォ!!」
「っ!?」
瞬いた一瞬、目の前に迫った巨大な千年伯爵の剥き出しの歯が、甲高い奇妙な笑い声を上げ迫る。
ケタケタと笑いながらぎょろぎょろと左右不規則に動く目玉は雪を捉えておらず、しかし伸びた大きな両手が強く雪の肩を掴んだ。
「ネア……ネ、あァアあ!!!」
「っ!? 何、を…ぅッ」
ギリギリと肩を掴む手が力を増していく。
その太い腕から逃れる術はなく、雪は苦痛に顔を歪めた。
千年伯爵に出会したことはないが明らかに様子が可笑しい。
果たして元からこんな状態なのか、目の前の人の区別もついていないようだった。
(逃げなきゃ…!)
とにかくこの太い手から逃れなければ。
しかし骨を軋ませる程に圧迫してくるそれから、逃れることができない。
「ぁ…ら、び…ッ」
共に来た仲間のエクソシストを呼ぼうにも、彼は雪の居場所もわからないだろう。
メキメキと体を膨張させていく千年伯爵を見上げ、焦点の定まっていない狂気の目に恐怖する。
「っひ…」
口の端から僅かに漏れた悲鳴は誰にも届かない。
タンッ
壁を蹴る音を拾ったのは、その時だった。
視界に黒い塊が映り込む。
真上から落ちてきたそれが雪の目の前に着地すると共に、ガキン!と硬い地面に鋭い金属音がめり込んだ。
「…!」
両肩を痛い程に掴んでいた巨大な千年伯爵の手は、いつの間にか消えていた。
目の前の黒い塊から逃れるように、突如消え去るピエロの姿。
しかし雪の目はもうピエロを追ってはいなかった。
目の前で浮遊感に舞う黒い長髪。
千切れた半端な長さの赤い髪紐が鮮やかに栄える。
地面に着地した黒いブーツで歩幅を広げ構えると、チッと小さく舌を打つ。
「そこから動くな」
振り返らずに短い言葉で伝えてくる。
見知った青年のその姿に、雪は目を見開いた。