My important place【D.Gray-man】
第49章 つむぎ星に願いを
「…幻覚…?」
「キュウ」
「…痛い」
「キュッ」
恐る恐る己の頬を抓ってみれば、確かな痛みがある。
赤い血に濡れたと思っていた服は、そんな痕跡など一つもない。
しかし見間違いなどではない。
今目の前で起こったことは、確かに先程まで現実に存在していた。
一体何が起きたのかと戸惑う雪に、大人しくなったニフラーが伺うように鳴く。
ごそりと目の前の樽が動いたのは、その時だ。
「?」
否、それは樽ではなく人影だった。
ずんぐりとした丸い樽のようなシルエット。
「──!」
暗い路地裏で、それがなんなのか把握した雪の目が見開く。
大きく丸い体型を揺らしながら、"それ"がゆっくりと振り返る。
丸い眼鏡に、大きく曲がった鼻、尖った耳に、剥き出しの歯。
とんがり靴に、細長いシルクハット。
手にはステッキ、島縞模様の服。
「フ、フフふ、フ…ふフ」
丸い体を揺らしながら、不規則に体を震わせ嗤っている。
一度も本物を見たことはない。
しかし"それ"がなんなのか、黒の教団の者なら誰もが知っている。
「…せ…」
首を傾げてケタケタと、壊れたラジオのように嗤い続けている奇妙なピエロ。
その場に縫い付けられたように、硬直した雪の足が震えた。
「せ、んね…ん…はく、しゃく」
〝千年伯爵〟
それは聖戦で倒すべき真の悪。
千年の時を生きる、彼の男だ。