My important place【D.Gray-man】
第49章 つむぎ星に願いを
昔を思い起こさせたのは、一瞬だけだった。
──ポツ…
雪の鼻の頭に、何かが落ちてくる。
「…雨?」
それは雨雫だった。
輝く星で埋め尽くされた、綺麗な夜空だ。
なのに何故雨など降ってくるのか。
自然と片方の掌を上に持ち上げて、雪の目が見開いた。
サァサァと降り注ぐ優しい雨。
しかしそれは雨雫ではなかった。
「…こ、れ…」
声が震える。
翳した掌が、赤く染まっていく。
鼻を突いたのは、嗅ぎ慣れた異臭。
「…血…?」
赤い雫が絶え間なく落ちてくる。
それは血の雨だった。
「っ何、が…」
一体誰の血なのか。
その場から身を退こうとした雪の足が、ふらついた。
"…ぁ……ゃ……!"
誰かの声がする。
幼き声が呼んでいる。
"…って……の、に…!"
涙混じりに、叫んでいる。
真っ赤に染まった両手で掴んでいるのは、見知らぬコート。
「っ…?」
知らないが、知っている。
見たことはないが、見たことがある。
矛盾した思いが交差する頭では、まともな思考が回らない。
額に手を付いてその場に立ち尽くす雪の目が、困惑に満ちる。
(あれは…何かが、あった…すごく、哀しいこと…が)
綺麗な星空の下、疎らに降る赤い雨は視界を遮る。
それでも何かに縋り叫び続ける心は、引き裂かれたように啼いていた。
黒く塗り潰される胸の内側。
絶望とはこんなものかと思い知らされた。
何故忘れていたのか。
(なに、を?)
憶えていない。
(だれ、を?)
思い出せない。
手が、目が、濡れる雫で赤く染まる。
ふらつく足がぱしゃりと赤い血溜まりを踏んで、躓いた。
「キュクッ!!」
「!」
腕の中のニフラーが強い声で鳴いた。
はっとした雪の足が、倒れそうになった己の体を踏ん張り支える。
たん、とスニーカーが踏んだのは路地裏の床。
(え?)
其処に真っ赤な血溜まりなどない。
咽返るような異臭もなく、空を覆い尽くす星々もない。
「…え?」
其処は元の暗い路地裏だった。