My important place【D.Gray-man】
第48章 フェイク・ラバー
「月城雪は、覚醒前に教団の手に堕ちてしまった。それが何よりの不運なのだ。故に教団の都合の良い駒にされている。その父のイノセンスも同様にのう」
「…確かに、ラースラの力は流石怒のノアなだけあったけど、心は妙に不安定だったね。まだ覚醒もしてないって言うのに」
ふむ、と己の顎に手を当てながら意見を上げたのはシェリルだった。
今回、唯一直接的に雪のノア化に関わり、その力を目の当たりにした人物である。
「雪は怒のノアだからね…一番強烈で一番可哀相なメモリーを持ってる。ボクもあのコの叫びを感じたよ」
珍しくも哀しい表情を見せたロードが、目の前のティキの服の裾を握る。
覚醒によって手に入れる力は壮大だが、その分支払う代償も大きい。
そんな苦しみが待っている雪は、それ以前にイノセンスによって苦しめられている。
操り人形のように戦闘に身を投じる雪の継ぎ接ぎだらけのノアの記憶は、遠く離れていたロード達にも届いた。
骨身に沁みる程痛く感じるのに、手は届かない。
もどかしさの中に感じる憤り。
「………」
それを今回一番身に感じたのはティキだった。
ようやく現実に出会い、触れることもできたというのに。
その存在は後一歩のところで手をすり抜け、敵に攫われてしまった。
落ち込むロードの小さな姿を見下ろして、何も発さないものの誰よりも強い意志を感じるティキに、ワイズリーは溜息をついた。
「だから黙っておったのだ。御主にそれを伝えたら、そんな顔をするだろう。単身敵陣へ突っ込んでも、ワタシらに勝機はないぞ」
それはティキを思うが為の、ワイズリーなりの気遣いだった。
ティキは激情に駆られるような性格ではないが、快楽のノアの本来の覚醒を終えた今、ノアの中でも確かな実力の持ち主となった。
力があるが故に、下手に暴れられては止めようがない。
───怒(ラースラ)と快楽(ジョイド)。
相反するノアメモリーは底知れぬ力を秘め、それが最悪ぶつかり合いでもしたならば。
「家族同士のいざこざなど見たくないからのう」
あの時のように。
血と憎悪に塗れた、ノアと14番目の対立の日々。
それを口には出さずに、ワイズリーは静かに目を伏せた。