• テキストサイズ

My important place【D.Gray-man】

第48章 フェイク・ラバー



燻るような熱が落ち着くと、求めることしか考えられなかった頭が多少余白を開ける。

ホーム、という言葉を聞いた。
帰らなければ。
戻らなければ。
此処は、自分がいるべき場所ではない。



「ッ…」



力の入らない唇の隙間から吐息が漏れる。
横たえた視界に朧気に映るは、遠ざかるシェリルの背と重厚感ある大聖堂の風景。

頭は回らずとも危機感はあった。
此処から逃げ出さなければと、頭の隅で警告音が鳴る。
他人の手からようやく解放された、今しかない。

焦点が揺れる。
遠のく景色が暈されれば、すぐ傍にあるものが視界に入った。
体を包んでいる、マルーンのシルク布。
取り外された銀色のマスカレードマスク。
光沢感ある天鵞絨に描かれたマーブル柄。



「…?」



見覚えのないどこか見覚えのあるマーブル柄。
霞む視界で目を凝らし、やがて目の前に転がっているそれがなんなのか雪は微かに思い出した。

お礼に、と老人に渡された上品な装飾の洒落たライター。
首に掛けたままのそれはリッチモンドの美学に反しなかったのか、取り上げられなかったらしい。

震える体に鞭を打ち、力の入らない唇でどうにかライターの紐を咥え手繰り寄せる。
火を生み出せるものは何処にいても重宝するもの。
それは現時点でも違うことはなかった。



「ぅ…ッ」



上手くいけば、拘束されたロープを焼き切ることができるかもしれない。
多少の火傷など想定内。
ヘブラスカの手の中でイノセンスに全身を焼かれた痛みに比べれば、我慢もできよう。

縛られ尚且つ薬で震える指先では、細かな作業は到底できない。
雪は口で咥えたライターの蓋を、齧り付くようにしてどうにかぱちりと開いた。
敷かれたシルク布に上手く火が灯せれば、ロープも焼き切れる。



「っふ…く、ッ」



火傷は覚悟の上で、洒落た小さなライターの横のレバーを、がちりと歯で押し込んだ。
ポッと、ライターの先端に小さな炎が灯される。






はずだった。






「ッ───!?」



突如として目が眩んだ。
大聖堂の中を灯していた淡い光が、まるで爆発でもしたかのような錯覚に陥る。

雪の視界を奪ったのは、ライターの中から飛び出した巨大な光の塊だったのだ。

/ 2655ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp