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My important place【D.Gray-man】

第47章 リヴァプールの婦人



視界がぐにゃりと歪む。
堪らず錠を掴んだまま膝を付く雪の耳に、男の下品な笑い声が響いた。



「は、は…っキツいだろ…!原液をぶち込んでやった、からな…ッゲホッそいつらの数十倍の濃度だ…!」

「っ…く…」

「な…!」



しかしその笑い声も長くは続かなかった。
ふ、と男の視界に影がかかる。
見上げ見開く瞳に映ったのは、注射器が刺さったままの雪のブーツ。

ガツッ!とヒールの先が脳天を強打すると、声を上げることなく男は完全にダウンした。
同じにくたりとその場に力尽きながらも、雪は睨みを利かせる。



「きつい、でしょ…ざまーみろ…」



しかし強気の声もそこまでだった。
ぐにゃぐにゃと揺れる視界に、落ちた鍵束を拾おうにも正確な位置を把握できない。



「(駄目だ、これじゃ…なんとか、気を保たないと…!)っ…ぅ…!」



震える手でどうにか手探りに注射器を抜き取る。
からんっと床に転がった針の先からは、何も零れ落ちはしない。
筒状の中身は既に空洞で、全て雪の体内へと注がれてしまったことを示していた。



「ね…ねぇ…しっか、り…っ」

「っ…貴女、は逃げて…幕の先に…出口が、ある、から…」



弱々しい手が肩に添えられる。
その女性だけでも逃がそうと声を掛ければ、歪む世界で彼女の小さな悲鳴を聞いた。






「全く、騒がしいと思ったら…なんだこの有様は」






深い溜息と、慌てることなく歩み寄ってくる足音。
肩に添えられていた女性の手が、ぶるぶると震え出す。



「こちらは駄目ですね。気を失っています」

「ふん。使えない男だ。薬も無駄な使い方をしおって…」



歪む雪の視界に映ったのは複数の足数だった。
すぐ目の前で止まったのは、高級そうな光沢を放つ革靴。
空になった注射器を取り上げて溜息を付く男の姿をゆっくりと見上げると、雪は目を剥いた。

歪む視界でもどうにか把握できたのは、その男が特徴的な顔をしていたからだ。
もじゃもじゃの長髪に黒髭。
フレッドとジョージの言うことが正しければ、太った婦人を魔法界から拐ったあの男だ。

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