My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
男女が消えた墓標の後ろに立てば、ようやくそこでトリックに気付いた。
「何これ…トリックアートってやつ?」
「ガ?」
「人間の視覚や先入観を利用して、形の大きさや存在を変えたり消したりして見せるアートのことだよ。騙し絵とかもそう」
墓標の展示物裏。
その場に立って初めて眼下に現れる、小道のような狭い通路。
感心気味に呟きながら、雪は注意深く通路を観察した。
貴族の男女二人組は、迷いなくこの通路へと入っていった。
展示品の裏など、何も知らない者はまず立ち入らない。
(となると此処のカラクリを知っていたんだ)
リッチモンドの身内の者か、果たして。
通路の奥は薄暗い。
どうやら入ってすぐに直角に曲がっているようで、その先にあるであろう仄かな明かりだけが、ぼんやりと視界に映る。
(なんか、如何にもな場所だな…)
感じる不信さをそのまま警戒心に変えながら、雪は一歩通路へと踏み込んだ。
「ティムは隠れてて」
「ガゥ」
ひたり、ひたり。
なるべく足音を立てないようにして通路を進む。
壁に背を付けながら曲がり角の奥へと目を凝らせば、更に直角の曲がり角。
一本道ではあるが、頑なに姿を隠そうとしているかのようにも見える、まるで迷路のような道。
やがてもう一つの曲がり角を慎重に進めば、奥へと辿り着いた。
「え?」
其処は行き止まりだった。
入っていったはずの男女二人組は、何処にも見当たらない。
壁に飾られた小さな照明がオレンジ色に照らしているのは、通路の奥に飾られた一枚の絵画だけ。
頭に葉と果実を飾った、白いワンピース姿の婦人だった。
手には赤ワインの注がれたグラスを持ち、静かに微笑んでいる。
「此処にもトリックアート…が、ない」
てっきりまた隠し通路でもあるのかと思ったが、絵画と壁の隙間に道など見当たらなかった。
備に観察してみても、触れてみても、仕掛けのようなものはない。
だとしたら男女は何処に消えたのか。