My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「それで、君の下の名は?」
「ぁ…雪、です」
名を問われ、はっと意識を戻す。
一瞬躊躇したが、フレッドとジョージも雪の名前がどこから姓で名だったのかわからなかったのだ。
彼も性別なんてものはわからないだろうと、正直に答える。
「雪か。神秘的な名前だね」
「此処では珍しい名前では、あるかもしれませんね」
「雪と呼んでも?」
「構いませんよ」
「雪は連れの女性はいないのかな?」
「あはは…お恥ずかしながら。縁がなくて」
「私も初めての舞踏会はそんなものだったさ。それならどうだい、折角だし。この場でのマナーを私が一から教えてあげよう」
マスクで表情は見えないが、笑顔を向けてくれているのだろう。
その好意はありがたいが、道楽を楽しむのが目的で訪れたのではない。
「ご好意に感謝します、男爵様。ですが、それはご迷惑ではないかと…」
「迷惑だなんて思っていないさ。何、私も息子の為の予行練習だ。つき合ってくれるかい?」
「しかし…」
「はは、何もダンスをなんて言っていないだろう?そう遠慮しなくていい」
指輪を幾つも身に付けた太い指が、雪の手を握る。
さり気ない動作だったが、そわりとそこに嫌な気配を感じた。
(なんだろう、この人…)
声は穏やかで物腰も柔らかいが、嫌悪感のようなものを感じる。
それは女性ならではの警告のようなものだった。
「私に顔を売っていれば、今後の為にもなると思うがね?雪」
名を呼ぶ声も、何故だかねとりとした粘着質なものを感じる。
マスクの奥の見つめてくる両の目を見返し、雪は身を竦めた。
その感覚には憶えがある。
雪の存在を値踏みするような、己の価値観でしか見ていない。
遠い親戚であった小母や、適正実験で関わった教団の研究者達と同じものだ。
しかし僅かばかり異なるその嫌悪感は。
「悪い話じゃないだろう」
「…遠慮します(この人、あっち側の人だ)」
性目的で見てくる男のものと同じだった。
枕任務はしなかったが、任務中に雪を性の対象として見てくる男達と関わったことは何度かある。
この男の目も同じだと悟れば、触れられた指先から体温が下がるような気がした。