My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「す、すみませ…っ」
傾いた体は大きく仰け反る。
煌びやかな天井を風景に見上げた雪の視界に、一つの顔が覗き混んだ。
「いいよ。それより、お……君は大丈夫?」
見掛けない黒のマスカレードマスクをした、高身長な男性だった。
気にした様子なく口元に浮かぶ優しい笑みに、雪はほっと胸を撫で下ろす。
「大丈夫です」
「随分と楽しそうに踊ってたみたいだけど。一人で」
「あ、あはは…楽しそうな音楽に惹かれて、つい」
背中を押されて身を起こされる。
一歩距離を置いて取り繕う雪に、男性は思い出すようにダンスホールへと視線を投げた。
お供をしていた二匹のゴーレムは、雪の袖の中に身を隠している。
傍から見れば、充分一人で楽しげに踊っていたように見えただろう。
「ダンサー志望でも?」
「いえ、特には…」
「へえ。それなのに音楽に惹かれて踊ったりしたんだ?」
「変、ですよね。はは…」
「いや。感性に素直でいいんじゃないかな。俺は好きだけど」
気さくな物言いだが、声は優しい。
他の貴族男性に比べ、落ち着いた黒の燕尾服を身に纏った男性は長いシルクハットの唾を持ち、優美に一礼してみせた。
「君が女性だったら、是非一曲ダンスにお誘いしたんだけど。残念だ」
雪の男装姿を目に、微かに笑みを深める。
マスクをしていても伝わる艷やかな笑みに、ドキリと胸が鳴る。
魅入られながらも自然体である誘い方に、雪は内心感心した。
本物の貴族の出だからこそできる芸当だろう。
(私には無理だなぁ…)
姿勢一つ、視線一つ、声一つ。
その全てがどれも素人とは違う。
見様見真似でできるものではない。
「あ、ありが」
「次に女物のドレスを着てきた時は、お相手願うよ」
「…はい?」
「それじゃあ、」
「え、あ」
どこからどう見ても男にしか見えない雪へ、その言葉は嫌味のつもりなのだろうか。
意図がわからず戸惑う雪にくすりと笑みを一つだけ投げて、汚れ一つない革靴を鳴らし去っていく。
「……からかわれた?」
「ガゥ?」
『ピィ?』
一人と二匹で首を傾げる。
本意は謎のまま。