My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「吃驚した、急に出てこないでよ…っ」
「その声でその口調は気持ち悪いですよ」
「んっコホン!…何処から湧いて出た」
「普通にそこの扉から入って来たまでですが」
見れば、大きな硝子扉が僅かに隙間を開けている。
どうやらそこから入ってきたのは、本当のようだ。
「誰が身内観察をしろと言ったんですか。貴女の仕事は内部調査でしょう」
「伯爵が現れたらね。それまでは通常待機。トクサこそ、外の調査は?」
「今のところ不審な物や人物は見当たりません」
「右に同じく、だよ」
傍を通り掛かる使用人に軽く手を挙げて、銀の盆に乗ったシャンパングラスを一つ頂く。
舌触りの良いほんのりと甘みの残る炭酸を味わいながら、雪は横目にトクサを見上げた。
「トクサはマスクしてないんだから、気を付けてよ。伯爵はどうやら使用人の顔、全員記憶してる人らしいから」
「心得ていますよ、そのくらい。貴女こそ、アルコールでヘマなどしないように」
「前酒で酔ったりなんてしないから大丈夫。貴族らしく美味しいお酒を味わいながら、目の前の宴を楽しむことにするよ」
硝子に背を預けて目の前の景色を眺める雪の目は、宴ではなく宴に興じるアレン達を見つめていた。
薄らと口元に笑みが浮かぶ。
「楽しそうだなぁ、アレン達」
「はぁ…任務だと言うのに」
「偶にはいいでしょ。テワクだって楽しそうだよ」
「あれがそう見えますか」
「見える見える。そのうちリンクさんにうっかり恋でも」
「黙りなさいと言いましたが口縫い付けましょうか?」
「…ジョークだよジョーク(テワク馬鹿め)」
顔は笑っているが目が笑っていない。
テワクのこととなると棘が強くなるトクサに、恋が芽生えているのはよもやここではないかと錯覚してしまう。
「とにかく、楽しんでることは悪いことじゃないでしょ?テワクがつまんなそうにしてたら嫌でしょ、トクサも」
「………」
「ね。私、人が幸せそうな姿見るのって好きなんだよね。他所から幸福をお裾分けして貰ってる気分になるというか」
そうテワク達を目に笑う雪を、トクサは横目で静かに観察した。
(…そんなふうには見えませんがね)
心の中でだけで告げる。
幸福と言う割には、焦がれるような気が揺らめいて見えた。