My important place【D.Gray-man】
第17章 憩.
「…何?」
「……」
問いかけても、神田は答えなかった。
黒い目を見開いて、私をじっと見つめたまま。その目は私を見ているようで、何か別のものを見ているようにも見えた。
なんだろう。
…少し、居心地悪い。
「…あ。この花が咲き誇ったらさ、」
咄嗟に視線を、神田から湖に変える。
取り繕うように話を続けて。
「食べ頃なんだよ。あの茎」
「………は?」
近くに浮かんでいる蓮華の、その茎を指差した。
「火に通さなくても、結構いける味なんだ」
昔、小母さんに世話されて暮らしていた頃。あまり沢山ご飯は貰えなかったから、お腹はよく空いていた。
だから空腹に耐え切れなくなると、こっそり近くの森や林で食べられる木の実や植物を探して回った。
蓮華の花の茎も、その一つ。
「醤油漬けもいいけど、他の野菜と和え物にしたりとか」
「……」
「あ。砂糖漬けもいけたなぁ。でも砂糖は中々手に入らなかったから、稀にだったけど──」
「…っ」
思い出すように指を立てて話していれば、沈黙を作っていた神田から空気が漏れるような音が──…空気が漏れる音?
「お前…っ」
「…え。何」
思わず目を向ければ、其処には口元を片手で覆ってそっぽを向く神田がいた。
肩を、僅かに震わせて。
…え。
「本当…阿呆だろ…っ」
笑ってる。
あの神田が。
口元を押さえて、耐えるように。
「な…っ」
向けられた言葉よりも、初めて見た姿に思わず顔が熱くなった。
笑ってる。
声を抑えて、顔も背けてるけど。
確かに、笑ってる。
「食用として花を見る女なんて、早々いねぇよ…っ」
「ぃ、いいでしょ別に…お腹減ってたんだからっ」
それと同時に、恥ずかしさも増して更に顔が熱くなった。
仕方ないでしょ、お腹減ってたんだから!
花より団子なんです!
「本当、阿呆というか…やっぱりお前はお前だな」
「何が──」
はぁっと大きく息をついて、神田が口元の手を離す。
見えたのは、確かに緩く弧を描いた口元。
それはおかしそうに笑う、神田の顔だった。