My important place【D.Gray-man】
第47章 リヴァプールの婦人
「ユウが礼服姿で参加したら、その…絶対ダンスに誘われるでしょ。舞踏会なんだから」
もごもごと言葉を濁しながらも、述べる雪の言葉は神田の耳に届いた。
「綺麗な女性と体を密着させるなんて、あんまり見たくない…それなら男同士で踊ってくれた方がマシ」
「…それが本音かよ」
「本音っていうか、囮役は女性が適任ってのも、まぁ、本音なんだけど」
神田の手から力が抜け、するりと雪の首から滑り落ちる。
未だに言葉を濁しながらも、雪は手に持っていたテワク用の髪飾りとは別の装飾品を取り出した。
それは数日前に神田に選んでもらったパールの欠けた花簪。
シミヨンヘアで一つにまとめられている神田の髪の束に、そっと簪を差し込む。
「ユウは…私の、なんだから。忘れちゃ駄目だよ」
ちり、と微かに揺れる花簪。
まるで身に付けた者の所有者は誰か、音で示しているようだ。
(そんなの今更だろ)
そうは思ったが、そんな束縛も悪くないと思えてしまった。
だからこそ喉まで出掛かった言葉を呑み込む。
「…千歩譲って納得してやってもいい」
「千歩て」
「だがまだ納得いかないことがある」
「え?まだ?ドレスの種類?なるべく体のラインと露出が出ないものを選んだつもりだったけど───」
「違ぇよ」
首を鷲掴みはしなかったものの、神田の手ががしりと掴んだのは雪の胸倉。
ぐいと引っ張られて思わず雪の体も前のめる。
「なん…っ」
「お前のその格好はなんだ」
近付く顔。
端正な美女の顔を前に、雪は投げ掛けられた問いにぱちりと目を瞬いた。
「その格好?何か変なところある?」
首を傾げつつ自分の姿を見下ろす雪に、更に神田の眉間に皺が刻んだ。
「変だろどう見ても!なんでお前は男装してんだよ!」
見事な美女と化した神田とは正反対に、雪の形は綺麗なドレス姿ではなかった。
黒と朱のハーリキン・チェックのベストを着用し、その上には臙脂色の燕尾服。
少しでも身長を足す為かヒール付きブーツを着用し、髪は黒いリボンで低い位置にまとめてある。
顔を仮面で隠してしまえば、どう見ても男性の正装姿となる。
まるで互いに性別と身形が入れ替わったようだ。