My important place【D.Gray-man】
第46章 泡沫トロイメライ
"それ"は常にゆっくりと歩いてくる。
"それ"は人に移すことができる。
"それ"は移されたものにしか見ることができない。
"それ"に捕まると必ず死ぬ。
少女がひとりいた。
何かに怯えるように一点を凝視し逃げ回っている。
周囲が不可解に思う中、少女は車を走らせ海岸へと辿り着いた。
誰もいない夜の海岸。
親へと電話のコールを鳴らしながら、少女は泣いていた。
車のライトは海岸線と少女だけを照らし出す。
しかし少女の目はライトの向こう側を見続けている。
鳴り止まない電話のコール。
出ない親へと乞うように、しかしその目はライトの届かない闇を見続けていた。
───夜が明けると、身体を引き千切られた少女の無残な死体が其処にはあった。
主人公はあり触れた女子大生。
ある男から"それ"を移され、以降他人には見えないはずのものが見え始めた。
"それ"は常にゆっくりとした動作で歩いてくるが、確実に自分へと目掛けて向かってくる。
時には病院服の老婆。
時には全裸の男。
時には友人の姿を借りて。
何に姿を変えようとも実態はひとつ。
動きは鈍いが必ず迫りゆく"それ"に、決して捕まってはならない。
『もう嫌…ッどうせ皆私の頭が可笑しくなったと思ってるんでしょう…!?』
『そうは思ってないよ、ただ───…何も見てないから』
『此処には何もいないわ。大丈夫よ』
怯える彼女の家で、彼女の言葉を信じた友人達が怪しげな人物が現れないか見張る。
しかし夜更け過ぎになろうとも不可解な人物は現れない。
『エイミー、外には誰かいた?』
『誰もいないわ。だから此処を開けて頂戴』
戻った友人を部屋に招き入れれば、ドアの前には見知った姿が一人だけ。
『ね、だから言ったでしょう』
ジュースの入った容器を片手に部屋に踏み入れる。
両手を軽く上げてほらね、と友人は笑った。
『誰もいないって』
その背には、のっぺりと顔を張り付けるようにして歩く"それ"の姿が在った。
「わぁあぁあああ!!!!」
「きゃあぁああ!?!!」
「ぶっンおぐっ!?」
「っげほ…ッ!」
真っ暗な室内。
唯一明かりを放っているテレビに映る、眼球の無い人の姿をした"それ"。
瞬間、けたたましい叫び声が部屋中に響き渡った。