My important place【D.Gray-man】
第46章 泡沫トロイメライ
「今は、追いかけて来ないで」
背を向け放った雪の言葉は微かだったが、確かな拒絶。
いつも遠慮なしに雪の心の敷居を踏み荒らしていたトクサの歩みが止まる。
やがて静かに修練場を後にする雪の姿を誰も追い掛けることはなく。
仕方なしにとマダラオが足を踏み出した時だった。
「兄様の手を煩わせる間でもありませんわ。わたくしが行きます」
サードの教団での役目の一つにある、雪の監視は絶対である。
マダラオより先に雪の後を追ったのは、サードの紅一点であるテワクだった。
「───…っ(駄目だ)」
上着で肌を隠しながら雪は一人、教団の地下通路を進み歩いていた。
口を開けば、汚い言葉しか出てこないと思った。
何故父のイノセンスなどで自分を縛ったのか。
何故父のイノセンスの存在を黙っていたのか。
今更そんなこと聞かされても、どうにもならないと言うのに。
心が乱れて落ちるだけだ。
それでもサード達を前にすれば叫ばずにはいられなくなりそうで、自然と足が速くなる。
「お待ちなさい」
それを止めたのは、可憐でありながら芯の強い声。
凛とした響きと同様、凛とした姿で雪の背後に立っていたのは、小柄な少女テワクだった。
「…今は一人にさせて」
「できませんわ。貴女は監視対象。わたくし達の眼から逃れられると思って?」
「変なことなんてしないから、お願いだから、放っておいて」
振り返り、睨み付けるようにして言葉を吐き捨てる。
暴虐的になる気はない。
ただただ放っておいて欲しい。
行き場のない感情が渦巻いて、まともに相手なんてしていられない。
そんな雪の思いを、テワクはあっさりと切り捨てた。
「ならば尚更。貴女の言う"変なこと"やらを起こさないかどうか、監視させて頂きますわ」
「っだから───」
「そうと決まれば行きますわよ」
「はっ?ちょ、何…ッ!」
通り過ぎ様に雪の服の裾を鷲掴み、ずんずんと先を進む。
テワクの遠慮ない引きに、雪は戸惑いながら足を乱した。
「行くって何処に…!」
「その汚い身形を整えにですわ」
「汚いって!(誰の所為だと!)」