My important place【D.Gray-man】
第46章 泡沫トロイメライ
「自分で歩いて下さいね、担いで運ぶなんて嫌ですよ」
足と口を縛っていた札も解けば、返事はないものの雪はのろのろと体を起こした。
褐色の肌が全て肌色へと落ち着いたのを見計らい、腕を縛っていた最後の札も解く。
「トクサ、気を付けろよ」
「心配ない。彼女の"気"はいつものものだ」
修練場の四方を未だ札の結界で張り巡らせたまま忠告を飛ばすゴウシに、テワクやキレドリも警戒しているのか無言で近付こうとしない。
彼らが放つ緊張感に、空気は静まり返っていた。
「体の具合はどうですか?違和感などは」
トクサが問えば、首を横に振られる。
見た目以上の心配はどうやらないらしい。
しかし外傷は軽くはない。
「部屋に戻ったら、もう一度手当てして差し上げますから。それまで暫し辛抱」
「要らない」
「…なんと?」
「必要ない。手当ては、要らない」
ゆっくりと修練場の外へ歩み出す雪の足取りは、決して軽くはない。
簡単に追いつくことのできるその姿を、トクサは即座に追った。
「何を言いますか、馬鹿なことを。そんな姿で公衆の前に」
「上着を着ていれば見えないでしょ。手当ては自分でする。だから要らない」
「痩せ我慢はよしなさい、みっともない」
足を止めようとしない雪に、溜息混じりにトクサが手を伸ばす。
腕を掴み歩みを止めようとすれば、触れた肌に雪の気が逆立った。
パシッ
弾かれたのは、強い力ではなかった。
しかし跳ね退けられた腕に、確かな拒絶がそこには在った。
「触らないで」
初めて上がった雪の目がトクサを捉える。
そこには強い意志の見える表情などは在りはしなかった。
トクサの目に映ったのは、眉を寄せて歯を食い縛る、耐えの表情。
「…っ」
口を開けて、しかし言葉には成らないのか再び閉ざす。
何かを吐き出しそうで吐き出せない。
雪の顔は苦に歪んだまま、踵を返した。