My important place【D.Gray-man】
第46章 泡沫トロイメライ
いつも、いつも
手を伸ばしても掴めた試しがなかった
父も 母も
私の手をすり抜けていくだけ
『…っ』
幼い掌を伸ばす
目の前には高い大人の背
名前を呼びたくて
でも呼べなくて
だから必死に手を伸ばした
……なんで…
…呼べなかったんだっけ…
『っ、っ…!』
あれ?
声が出ない
なんで
言葉にならない
呼びたくて
でも呼べなくて
私に気付かない背中が去ってゆく
…いやだ
行かないで
置いていかないで
ひとりぼっちは、いや
『───ん?』
手が、触れた
必死に手繰り寄せた、薄茶のコート
揺れる動作に、去ろうとしていた歩みが止まる
すり抜けるだけだと思っていた手は
確かにその人を引き止めることができた
『どうした?』
振り返ってくれる
心地良い声
私を見下ろして、口元が優しく笑う
それから視線を合わせるように、腰を落としてくれた
『…っ』
『まだ遊び足りない?』
『っ、───…っ』
違う
名前を呼びたいの
行かないでって
置いていかないでって、言いたいだけ
なのに呼べない
口から音が塞き止められたように、出てこない
なんで
何度も頭を横に振れば、彼は急かすことなく私の反応を待ってくれた
『無理するなよ。声の出し方、知らないだろ?』
声の、出し方?
何言ってるの
そんなこと知ってる
出来ないはずがない
更に強く首を横に振れば、大きな掌が止めるように優しく頭を撫ぜる
『言葉なら俺が教えてやる。だから落ち着けって、消えたりしないから』
…ほんとう?
ほんとうに?
いなくなったりしない?
コートの隅っこを握った掌に重なる、大きな手
合わさる瞳
『そうだな…手始めは、名前にしよう』
ゆっくりと紡がれる彼の名
食い入るように見つめた口元は、ずっと優しく笑ってくれていた
『俺の名は───』