My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
ノアであることを教団内で隠し続けて生きるなんざ、並大抵の精神じゃできないことだ。
誰かにその片鱗でさえも見つかれば、即刻死刑だってあり得る。
隠し続けて、感情を捻じ伏せて、以前と変わらずファインダーとして教団の為に働き続ける。
それはきっと簡単にこなせることじゃない。
「その日の夜…ジャスデビの過去を夢見たの。…ユウにも話した、双子の過去のこと。それを知って、他人事みたいには思えなくて………初めて、体がノアみたいに…変異、した」
一言一言、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
その時の心境とリンクしているかのような、覚束無い声。
じゃああの夜、任務から帰った俺の前で見せた不安定な雪の姿は、双子のノアに捕まった不安からじゃなかったのか。
自分がノアであることを思い知らされた、変えようのない現実への不安。
「変異は…朝方には解けたんだけど、その間は寝付けなくて…」
雪が話を進めるごとに、あの時々の雪の表情の真意が明白になっていく。
一枚一枚、仮面の下を捲るように。
その度に胸の奥がざわついた。
やっと知れた、ずっと俺に伝えたいと言っていた雪の思い。
それは知れて嬉しいことのはずなのに、胸は騒いで晴れはしなかった。
…晴れる訳ない。
今に至るまでの、教団の鎖に繋がれるまでの雪の記録を辿って、それで清々するはずなんかない。
「───あの時、聞こえた…"おはよう"って声が、誰のものなのかわからなかったけど…多分、それがきっかけだったんだと思う。…気付いたらジャスデビに会った日の夜みたいに、体がノアのものに…変貌してたから」
「………」
「その後のことは……ユウも知ってる通りだよ」
辿々しくはあったが、最後まで雪は話すことを止めようとはしなかった。
パリの任務先でノア化した話を終えて、長々と話し続けた口がやっと動きを止める。
閉じる前にその口から零れ落ちたのは、大きな吐息だった。
「………」
それから、恐る恐る俯いていた顔が上がる。
俺の反応を恐々と伺うかのように、見てくる二つの眼。
涙の跡が残るその赤い眼を、じっと見返した。