My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
雪がずっと心の奥底に溜め込んでいたノアの話。
そこで最初に驚かされたのは、遡った始まりが大分前だったことだ。
ミュンヘンの墓地の任務なんざ、まだ俺が雪をただのファインダーとしてしか認識していなかった頃のこと。
そんな前からノアの片鱗は表れていたのかよ。
…そういや放り込んだ安ホテルのシャワー室から出てきた雪が、一度だけ見せた額の十字傷。
あれを見た時、どこかで見たことがあると一瞬引っ掛かった。
まさかそれがノアの聖痕の兆しだったとは。
俺があの時、雪をただのファインダーじゃなく今の感情を向けて見ることができていたら、ノアのことに気付くことができたのか。
そんな今更なことを考えそうになって思考を止めた。
…んなもん、今更後悔したってどうしようもない。
今は先のことを考えることが大事だ。
雪自身もその時はまだ聖痕だと気付いていなかったらしいが、ただの傷じゃないことはその後のゾンビ事件で悟ったらしい。
勝手に体から浮き出てくる傷。
勝手に頭の中に響き渡る声。
勝手に視界に映り込むようになった影。
「そのジャスデビの言葉で…なんとなく、わかったの。ずっと見えていた白い影は…ノアメモリーと同じものじゃ、ないかって」
最初は淡々と止まることなく告げていた雪の声が、段々と覚束無くなってくる。
真っ直ぐに俺を見ていた顔も、少しずつ下がって俯いていく。
俺の反応を怖がるというよりも、記憶を遡って自身に怖がっているような、そんな反応。
モヤシの退魔の剣を受けて起きた発作のようなものも、浮き出た聖痕も、双子のノアとの接触も。
話を聞く中で幾つも思い浮かぶ場面はあった。
俺も同じ場にいた時もあるし、そうじゃなくても雪とそのことで言葉を交えたこともあった。
あの時、雪はどんな気持ちで心にしまい込んでいたのか。