My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
すぐには向き合えなかった。
雪の心が見えなくなって、躊躇した。
"アルマの時みたいに、壊れてしまったら"
そう思うと安易には踏み出せなかった。
…あの時、俺を雪へと急かそうとした兎を否定したのは、コムイの許可が下りてなかったからだけじゃない。
俺自身にも決心が足りてなかった。
そこにきっかけをくれたのは…悔しいが、兎とあの人の言葉だ。
『なんで雪がノアになったのか、それでもなんで教団(ここ)に身を置いていたのか。なんにも耳を傾けないままで、知った顔で受け止めてんじゃねぇさ』
『今見るべきものを見据え、向き合うべきものとぶつかって来なさい。何に置いても遅過ぎるということはない。けれど"いつか"と思える事柄は、全て"今日"できるものでもあるんだよ』
兎の言葉は俺の尻を叩いて、師の言葉は俺の背を押した。
誰かの言葉を受け入れて歩き出すなんて、滅多にしてこなかったことだ。
…昔は、うざいと思っていたアルマの声も心地良く受け入れられていたのに。
そんな感覚、久しぶりだった気がする。
「ユウ」
俯いて、じっと足枷を嵌められた雪の足元の影だけ見つめていると、不意に頬に柔らかい温もりを感じた。
「…ごめんなさい」
近くで届く細やかな声。
頬を包む小さな手が、俺の顔を優しく持ち上げる。
促されるままに顔を軽く上げて、視界に映り込んだのは雪の顔。
「私がちゃんと、自分の口で伝えていたら…そんなふうに追い詰めなかったのに」
俺を真っ直ぐに見つめて返す、二つの暗い瞳だった。
「ごめんね…ちゃんと全部話すから。私の想いと、一緒に」
眉尻を下げて、切に思いを溜め込んだ顔で見つめてくる。
包帯越しの掌の温もりは簡単には伝わらない。
なのに何故か温かみを感じた。