My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
頬を包み込むようにして、ゆっくりと顔を持ち上げる。
再び上がる視線に、真っ暗な瞳に俺の顔が映り込む。
淀んだ黒に鏡のように映し出された俺の顔は、自分でも驚く程に落ち着いた表情を浮かべていた。
「お前が言葉にするのが下手なことは知ってる。でも今は出せるもんを全部出せ」
もやつく思いはまだある。
けれど俺が雪に欲してるもんがなんなのか、もうわかっている。
そこに苛立ちはなかった。
「ちゃんとぶつけてこい。溜め込んできたもん、残らず全部」
言葉にするのが下手だからって、伝えたい思いがない訳じゃない。
雪にもそういう感情はちゃんと存在してる。
…寧ろ俺みたいに捻くれて周りを敵視するんじゃなく、教団に適性実験を経験させられて尚、教団の奴らと共存し合って生きている。
そんな雪の姿勢は、きっと俺には真似できないもんだ。
「…なんで…そんなに、真っ直ぐ向き合ってくれる、の」
「んなの理由なんて一つだろ」
俺にはないものを持っている。似ているようで全く違う存在。
だから雪に惹かれたのか、理由なんて相変わらずわからないが…それでもはっきりしていることはある。
「俺にとって譲れないもんだからだ」
ノアだからって、それをずっと隠し続けていたからって、それだけで見放せるような、そんな想いじゃない。
ちゃんと知りたい。
こいつの心の奥底のものを。
他人に見せてこなかったものを。
ちゃんと知って、向き合っていたい。
…アルマの時のように、失くしたくない。
「お前が馬鹿みたいに笑ってるだけで割となんでも許せちまうし、お前が泣きそうな面すると面倒でも放っておけない。それだけ俺にはでかいんだよ。月城雪の存在は」
それだけ俺の心を占めて捕らえて放さない。
傍にないと困るもんだ。
「それだけ…雪のことが好きだからだ」
この器になって、初めて愛せた人。
この器の"俺"が、心から愛した人。
それで充分だろ。
「…っ」
ずっと濁って淀んでいた雪の暗い目が、確かに揺れた。