My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
雪の確固たる思いを聞けば、カッと上がっていた怒りが多少治まる。
「……」
「…ッ」
俺が黙り込めば、できる沈黙。
急に罵声を飛ばした所為で、多少息が荒い。
そんな俺に対して雪は相変わらず、視線を床石に向けたまま。
意志は主張してきたものの、俺を見ようとはしなかった。
「…腕…痛い…放して」
か細い声で、俯いたまま主張してくる。
強張ったまま動かない雪の腕を、それでも放さなかった。
…今にも倒れそうな幽霊みたいな顔してんのに、放せるかよ。
「っ…ちゃんと話すから…ノアのこと。もう…出ていってなんて、言わないから…」
俺が放す素振りを見せずにいれば、目の前の気配が騒ぎ立つ。
そわそわと落ち着かない気配を発しているのに、言葉は気丈なまでにいつも通りだった。
それは見慣れた雪の姿だった。
簡単に他人に弱みを見せようとしない。
俺に目も暮れず、一人でどうにかしようと考え込んでいる。
それがわかったから、苛立ちは消えなかった。
さっきまでのカッとした苛立ちとは違う。
…マリに昔に愚痴った、あの時と同じ。
形の曖昧な、答えの見つからなかったあの苛立ちだ。
「なら俺を見ろ」
握っていた手を緩める。
それでも雪の腕を放さずに呼びかけた。
「ちゃんと顔を上げて、俺の顔を見て話せ」
…昔は。
知らない感情に答えなんて求めずに、雪のことも見て見ぬフリをしていた。
興味なんてなかったから、そこに手を伸ばすことなんてしなかった。
背中を向け続けているこいつに変な苛立ちはあったものの、顔を向けろと声をかけたことなんてない。
でも今は。
俺と似ているようで違う、こいつの真っ暗な瞳に俺が映っていることを強く望むし、俺自身も同じに目に映していたい。
求めるだけじゃない。
こいつにも求めていて欲しい。
そこに理由なんてなくたって構わない。
俺自身、明確な理由なんて持っていねぇんだ。
「……」
恐る恐る雪の顔が上がる。
ゴーレムの微弱な光に照らされた、幽霊みたいな鬱々とした顔。
そこに宿る二つの暗い目は、あのネバダでの任務中に一瞬垣間見たものと同じ。
淀んだ濁さを見せていた。