My important place【D.Gray-man】
第44章 水魚の詩(うた)
確かに、俺は待つと言った。
急かそうなんて気持ちはなかった。
大事なことだろうから、ちゃんと雪が話せるようになるまで待ちたいと思った。
だからいくらでも待つと言ったんだ。
…言った、けどな。
「………お前な」
自分でもわかるくらいに、声の低さと腕を掴んだ手の力が増す。
ふつふつと込み上げたのは、確かな怒り。
「馬鹿じゃねぇのか!」
「ッ」
気付けば目の前の雪に向かって、あらん限りに怒鳴りつけていた。
「変な意地張んな! 自衛くらいしろ!」
「…っ」
「その意地守んなきゃ世界でも滅びんのか!? 違ぇだろ! 自分の立場を考えろ!!!」
「…わかってる、よ」
自己犠牲なんて嫌いだ。
俺の為に、なんて勝手に我慢されて優先されても、んなもん嬉しくもなんともない。
俺の気持ちなんて考えてねぇだろ。
他人の行為なら要らないと跳ね返すが、雪の行為ならまた別の感情が浮かんだ。
自分の立場わかってんのかよ、死んだらそこで終わりだろうが。
ノアは不死なんかじゃない、超人だってだけで命尽きる存在だ。俺と同じに。
俺の為にと命を落とせば、それで俺が喜ぶとでも思ってんのか。
どこが俺の為になるってんだよ。
「わかってたらそんなふざけた有り様になるかよッ!」
「っ…此処が…私の、世界…だから」
俺の罵声を受けて身を竦ませながら、それでも雪は思いを曲げなかった。
「私にも…守りたい世界が、あるから……それは、譲れない」
視線を合わせず体を震わせて、それでも尚、雪が主張してきたこと。
「その世界を壊されるくらいなら…こんな痛み、どうってこと、ない」
それは俺の思っていた自己犠牲とは、少し違っていた。
雪は昔から、主張はしてこないが強い意志を持ってる奴だ。
…これもそうかと、なんとなく漠然と気付いた。
俺の為に自分を傷付けようとしている訳じゃない。
それ以上に譲れないものがあるから、その為に立っている。
一見わかり難いが、それは確かな雪自身の為の意志だった。